2009.4.13

先日、叡のワークショプの通訳をやっているマシューが、「そこの通りに映画館があるよ」と教えてくれたので、へぇ~こんなところに?と思ったが、出掛けて みた。部屋から5分もない狭い石畳みの路地を曲がると、CINEMASという赤いネオンサインのくねくね曲がった文字が見える。外の壁にジャンヌ・モロー の大きな写真が貼ってある。入り口から、前の回の映画がハネたのだろう、次から次と人がでてくる。
チラシに「TOKYO SONATA de Kiyoshi Kurosawa Avec Koji Yakusyo,Teruyuki Kagawa,Kyoko koizumi….」ー上映17時45分,日曜追加上映11時―とある。チケット代を二人で14.60ユーロを払って、中に入った。館内は、立川のシ ネマシティーみたいに200席ぐらいの小さな上映室が幾つかあった。海外で何か賞を受賞したというこの作品について、黒沢清という監督について、私は何も 知らなかったが、結構面白かった。今日の日本のサラリーマンの社会状況、人間関係などを東京という都会を背景に,わざとマンガティックに描いているのだ が、たまたま西欧の中世の石造りの街角の映画館でこの作品を観たということが、日本人である私にとって、この作品に映し出された日本人特有の有り様とか人 間関係の在り方をより一層際立たせて客観的に観せてくれたのかもしれない。終わってから,アンジェの人たちはこの作品の何を観ているのだろうか、どこが面 白いのだろうか、訊いてみたいと思った。

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2009.4.12

昨日の金曜日で、叡のワークショップもめでたく最初の一週間が終わり、また、復活祭の前祝をしようとポーランド人のアグネッツィカの部屋に皆で集まること になった。旧い石造りの建物の狭い入り口を入ると目の前に螺旋階段があり、誰かが「7階よ」と叫んだ。やれやれ、黙々グルグル昇りつめた屋根裏部屋がアグ ネッツィカの部屋。台所の流し台と、食卓と、ちいさなソファーが二つ。去年10月に結婚したばかりの彼女の可愛い愛の巣だ。その狭い部屋にフランス人、ブ ラジル人、ポーランド人、イスラエル人、イラン人、ポルトガル人、インドネシア人、日本人のみんなで14人の仲間が集った。復活の日には、ゆで卵に絵を描 くというポーランドの習わしにならって、大皿に一杯もられたゆで卵を思い思いに彩色する。様々な色に塗られた卵を見ながら、ああだこうだと、たわいないこ とを言い合って楽しむ平和なひと時。
ユダヤ人のヤイルは、今はイラン人のモハマッドやブラジル人のミッシェルと一緒に住んでいるが、将来イラン,シリアには行くことは絶対にないし、モハマッ ドもイスラエルに来ることはない,と言い、CNDCでのダンスのコースが終わっても、両親の住むイエルサレムに帰らない、と強調した。
去年10月に結婚したばかりのアグネッツィカも、故郷ポーランドに帰ることはないと言う。「自分は5人兄妹だが,両親もバラバラでみんなひとりひとり。 ポーランドには孤児がいっぱいいる。どうやったら家族が集まれるの?インドネシア生まれの自分に彼はフランス人の家庭に貰われて、とてもいい人間関係をも つことができたの。ヒサコ、結婚生活は勉強よね。男女の愛は長く続かないかもしれないけど、でも人間関係は勉強よね」と、既に彼との別れを予感して、でも 必死にそれを否定しているかのように,真剣なまなざしで問いかける。
クリチバ生まれのミッシェルは、去年私がブラジルに行ったと言うと,とても喜んでくれが、直ぐに「ブラジルを旅行するのは難しいでしょ?」と訊いて来た。 「なぜ?」「ブラジルはとても広いし、皮膚の色もみんな違うし・・・。ヒサコが行ったブラジリアってどんなところ?」と逆に質問されてしまった。
小さな空間に身を寄せ合って歓談しながらも、みんなそれぞれ故郷をでて,内に苦しみを秘めながら、他者との出会いに確かな絆を求めているようにみえた。ここには現代地球のひとつの小さな縮図のような空間があった。

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2009.4.10

今日は朝から雨。CNDCの財務担当(私が勝手にそう思っているだけだが)のデビットが昼食を一緒にと誘ってくれたので、部屋から5分の所にあるCNDC の旧校舎の稽古場まで出掛けて行く。旧い石造りの大きな建物の中ある広い稽古場は、天井が高く、がっちりとしていて、なんと“踊る”のにふさわしい空間な のだろうか!しかもこの広さで12人の生徒とは!素晴らしいなぁ~。
簡単な食事を共にしながら、デッビトが国立振付センター(コンテンポラリー・ナショナル・ダンス・センター)について話してくれた。フランス国内に、この ようなセンターが19カ所あり、すべてがコンテンポラリーダンスだけの施設だそうだ。中でもアンジェンセンターが一番大きく、1、2年制があり、全世界か ら生徒が集まってくるそうだ。来週は旧校者の稽古場で、2年制の入学オーディションがあるという。なんと200人の若者がやって来て、そのうち入学できる のは僅か12人。授業料は無料、と聞いて吃驚!
叡のクラスにきている生徒はポーランド、ブラジル、ポルトガル、フランス、日本、イスラエル,イランの七カ国からなる。なんとイランとイスラエルと言う政 治的には対立関係にある人たちが、ここで一緒に学んでいるのだ。ここでのワークショップは戦争に負けないだけの強度が要求されている。

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2009.4.9

4日間行われた世田谷パブリックでのBATIK公演(叡の振付作品”バビロンの丘にいく”)楽日の翌3月30日早朝国分寺を出て、その日の夜フランスのア ンジェに着いた。4月1、2日と国立振付けセンター(CNDC)の劇場で叡のソロ公演『花粉革命』を行い、3日には日本から同行したスタッフたちが帰国 し、6日からCNDCでの叡の一ヶ月にわたるワークショップが始まっている。
夕食前、メール河岸を散歩した。もう7時をとうに過ぎているというのに、西の空にオレンジ色の太陽が不思議な輝きをして、河沿いの高台に位置するアンジェ 城の堅牢な石灰岩の城壁を照らしている。宇宙に貼付いたブルースカイ。純白の雲。復活祭を前にして漸く膨らみ始めた街路樹の新芽が、ひとつひとつくっきり と輪郭をあらわにして煌めいている。頭上から鋭い小鳥のさえずり。張りつめた空気に亀裂がはしる。時が動き、止まる。突然私のカラダに、懐かしい色、光、 響きが駆け巡った。30年前の私の初めてのヨーロッパ体験も、復活祭を前にした4月のことだった。それから5年間にわたる西欧の生活は、私に何をもたらし たのか?時空を超えて私の中に流れている光、色、空気、響き・・・。
これから3週間、言葉が通じないアンジェでどうしようかと、いささか心細かったが、まあいいだろう。
感覚が私に生命力を与えてくれる。

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