天使館 VOL Ⅱ

先日、国分寺裏の雑木林を散歩している時、ふと「天使館」VOL  Ⅱを創ろう、と閃いた。「天使館」とは、天使館に稽古に来ている人たちの文章を集めて、私が編集して発行した小冊子のことだ。とは言うものの、VOL Ⅰが出たのは、今からかれこれ35年前のこと。次号を出そうと閃くまでに随分時間がかかったものだ。このテンポだと「天使館 VOL Ⅲ」を出そうと閃く頃は、私は百歳を超えることになろうか。

VOL Ⅰ の奥付けを見ると、発行日、昭和51年6月、発行部数/200部、分価/500円、発行所/天使館編集室、編集・発行人/笠井久子と記されている。目次には、その頃天使館で稽古していた人たち16人の名前が列んでいる。みんな20代から30代前半の若者たちだ。

わが家の庭に手作りの稽古場を建てて、そこを「天使館」と命名し、当時28歳だった叡が週に4回の舞踏の稽古を始めた時、集まってきた連中は、皆こぞって頑固、野性的、自己主張、自己顕示欲が強く、情熱的、真面目で議論好き、でも涙もろく、善くも悪くも社会に向かって突進していくエネルギーだけは、持ち合わせた熱血漢揃いだった。だから、昼間は樹木に囲まれた静かな天使館も、夜稽古が始まると、踊る人たちの熱気で、暗闇の中で赤くふくれあがっているように思えた。そんな時、閃いたのだ。みんなに文章を、体から紡ぎ出される言葉を書いてもらおう、と。そして、編集後記は、私が書いた。

「以前、ある舞踏家が『動物が自らの死を予感すると、人知れず姿を消す、それはまさしく動物の舞踏ですね』と語ったのを聞いたことがあります。成程、花はその花弁の一ひら一ひらを、与えられた存在そのものの形を十全に顕示しながら開花しますし、地中で時を待つ昆虫の姿にも、それ以外の何ものでもないという完璧な姿勢を見ることができます。(略)天使館が創られてから5年が経ちました。この間、多くの人がこの小さな稽古場で稽古してきました。「何を?」”動き”という簡単で明確な行為に於いて、それ以外何ものでもないという自分を見つけることは、恐らくもっとも簡単であり、且つもっとも困難なことでしょう。ここに収められた全てのエッセイは、各人の魂の記録として読まれるべきものであると信じています」

さて35年経った今、ふたたび「天使館」VOLⅡを創ろうと閃いた。

世の中の状況も、人々の意識も、猛烈なスピードで変化していく。

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