はるとなり

詩人の高橋睦郎さんが、朝日新聞に書かれた文章を読んで、春隣(はるとなり)ということばを教えて頂き、何かとてもうれしい気分になった。

何故だろう?睦郎さんは「春隣と呟くだけでなんとなく華やいだ気分になる・・・」と書かれている。ほんとうにそうだ。

先日、生協でライラックの苗木を買った。花が咲くまで3年はかかるらしい。我家の、狭くて日当りも悪い庭で、果たしてその苗木は育つのか、3年待てば、私が夢見ているような美しい花が咲くのだろうか?いささか心細い。

でも我が貧しい庭には、既に思いつくまま植えられた十二、三本の木々が、手入れも施されず、栄養も与えられず、負けずに頑張って生きている。そして、寒い冬の日に、そっと芽を膨らませはじめる。まるで、春はもうすぐ隣、と私に密かに教えてくれるかのように。

「はるとなり」の言葉のぬくもりは、目に見えないひかりのぬくもり、いのちのぬくもり。

毎朝、不細工な庭を眺め「世話もしないで、いただくばかり、ゴメンね」と心の中で呟いて、私の一日は始まる。

comment(0 )

ページのトップへ戻る

アイカワサンの明かりは春の光

昨年の暮れ、相川正明さんがお亡くなりになった。それも突然に。まだ還暦を過ぎて間もないのに・・・。

年が明けた3日と4日のお通夜とご葬儀で、大勢の方が相川さんの急逝に驚きと哀しみの表情を隠せず、最期のお別れをした。

純白の棺にすっぽりと納まった相川さんの、だるまさんのように丸く大きなの顔のほっぺは、どう見ても赤ちゃんのように柔かく、可愛らしい。眺めていると滑稽なほど悲しく愛おしい。

「間違えて、死んじゃったんじゃあないの?アイカワクン」私は、心の中で呟いた。

彼は、明かりの人である前に踊る人だった。1973年の夏、TBSの裏にあった国際芸術家センターでの天使館公演『七つの封印』で、彼は踊った。天使館で一緒に稽古もし、舞台を創り、やがて、明かりを創る人になった彼は、叡の公演ではいつも照明を担当して、国内公演、海外ツアーの多くを共に体験してきた。時には厳しい舞台作りの現場にあっても、慶応大学でノヴァーリスをとりあげたという彼の大きな体のなかには、どこかに優しい美しいひかりを求めるロマンティストが住んでいた。

「カサイサン、ゲンキ?」と、会うといつも彼は言った。尻上がりのその言い方には、彼独特のイントネーションがあった。

喪主の挨拶に立たれた奥さまの千里さんは、「相川は闇が好きでした」と言われた。

相川さんの明かりは、あの大きなカラダの深い闇の中から差してくる魂の美しいひかり。

柔らかく温かい春の色。

今頃、あちらで大好きだったノヴァーリスと邂逅して、仲良く軽やかにひかりのダンスしているような気がする。

アイカワクン・・・また遇いましょうね!

comment(0 )

ページのトップへ戻る