明日は日本へ。

いよいよ明日は日本に帰る。

今年の春、多くのひとをのみこんだ日本の大地にふる雪を、痛ましいほど白いと感じたのはついこの間のこと。早くも再び雪の季節が巡ってくる。

5月にフランスのアンジェとアネシー、7月にはイタリアのトスカーニャ、9月はハンガリーのブダペスト、そして今回のニューヨークのブルックリン。いつでも何処でも人々の生活があり、様々な意識が重なりあい、混じりあい、やがて、時間が厚い層となっていく。行く先々でその厚い時間の層に身を沈める。生きる源がそこにあるような気がする。

今月25日は叡の68歳の誕生日。ダンスを始めて50年。未来から吹いてくる新しい風を受けながら、叡は今、CAVEのスタジオで今回最後のワークショップをしている。

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「NOBODY’S MONEY」

昨夜(18日)DNA(Dancc New Amsterdam)で、叡のソロ作品「NOBODY’MONEY」を上演した。公演後のアーティスト・トークで、インタビュアーのヒメナが、今回の作品に付いて質問し、叡が「お金は、所有するものではなくて、血液のように必要なところに流れるもの・・・」と口にすると、会場から大きな拍手が起こった。

この数日間公演の準備でDNAに来ると、いつも前の舗道をプラカードを掲げた人たちが行進していたり、目まぐるしく行き交う車の流れを警官たちが交通規制をしていたり、物々しい警戒態勢が続いていた、ニューヨーク市民の不満が渦を巻いて至る所に溢れている。

今日は19日(土)。私たちが、BROOKLYNにいるのも残り二日。ベッドフォード・アベニューの街路樹もすっかり落葉して、冬の淡いブルーの空が遠くの方まで広がって見える。空気が冷たい。やがて華やかなクリスマスがやってくる。

でも、冬のニューヨークは毎年凍死者がでるほど寒いとシゲさんが言っていた。孤独に暮らすお年寄りたち、病気の人たち、職を失った人たち、ちいさな子どもたち・・・凍るように冷たい大都会の中で、この格差社会をどのように生きていけばいいのだろうか?

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11月のBROOKLYNつづき5

11月16日夕方4時半。今日は朝から小雨が降っている。ここの部屋は6階にあり、ベランダを通して正面に、マンハッタンに渡る橋が見え、橋に平行して電車が走っている。今すべてが灰色の風景の中で、電車の四角い車窓と車のライトだけがオレンジ色に輝き、忙しく行き交っているのが見える。雪片でも落ちてきそうだ。

昨日の夕方、18日に叡がパフォーマンスをするDNAのスタジオに照明の打ち合わせに行った。打ち合わせが終わり、スタジオの前でシゲさんの車を待ちながら上空を見ると、ヘリコプターの明かりが遠くに動いているのが見えた。10分ほどで来るから、と言ったシゲさんの車を待つこと30分以上。すっかり夜になり、目の前の公園の銀杏の葉がイルミネーションにを受けて、金色に輝いている。どうしたのだろう、といよいよ心配になりだした時、シゲさんの車がやってきた。車に乗ると、シゲさんは「今日は警察が、先月からの反格差のを訴える座り込みの人たちを強制退去させたので、ものすごい交通制限で、なかなか来られなかったんです。心配したでしょう」と言った。それで、ヘリコプターも飛んでいたんだな。

今朝インターネットで朝日新聞を見ると、金色の銀杏の木の前に並んだ警官たちの写真があった。DNAの前の公園に、多くの人がテントを張って座り込みをしていたのだ。200人も逮捕されたという。

ニューヨークに来ると、いつもマンハッタンの繁華街をブラブラ歩いて、本屋を覗いたり、MOMAに行ったり、しゃれた喫茶店に入ったり、何となくニューヨークを楽しむ気分になったものだが、今回はそんな気分になれないのはなぜだろう。

世界が猛スピードで動いているのを感じる。何処に向かっているのだろうか。

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11月のBROOKLYN4

今年の8月の末、MacBookAirを買った。海外にでる時、荷物が少しでも軽くあってほしいからだ。と言うと、いかにもパソコンを自由に使いこなしてるように聞こえるが、まったくそうではない。闇の中を行き当たりばったりしていると、偶然に先に進む道にぶつかるといようなものだ。

20年ぐらい前、あるグループの雑誌を独りで編集するはめになった。それより以前、大学卒業後しばらくの間、昭森社という出版社で「本の手帖」や「詩と批評」などの編集に携わっていたことがあるとはいうものの、何から何まで独りで本を作るのは初めて。さて困った。そこで、当時既に一般に広く使われていたワープロを購入し、国分寺北口にあるワープロ塾に入門。夏の暑い盛り、3ヶ月の講習を受けた。やってみると、なかなか面白い。ワープロで原稿を打ち込み、編集から割り付けまでして印刷屋に入稿し、いよいよ印刷屋から第一号の新しい雑誌が手元に届いた時は、ひとり内心ほくほくと嬉しかったのを忘れない。

それから間もなく、ワープロは廃れ、パソコンが取って替わった。今や、どこにいても、どこにいくにも、パソコンは必需品となる。

勿論、ここBROOKLYNにも8月の末に買ったMacBookAirを持ってきた。そして既に「わたしのMac」は大活躍。東京からのメールを受信し、即返信。スケジュールのこと、助成金申請書類のこと、公演やワークショップの問い合わせ等々、「わたしのAirMac」がすべてを記憶していてくれて、何事もリアルタイムに処理してくれ、滞りなく事を進めてくれる。だが、まてよ。突然「わたしのMac」が真っ黒に固まってしまったらどうしよう。

自分で買ったパソコンに自分自身が吸い取られる。ゆゆしきことだ。

人は努力する限り、迷うものだ・・・とは彼のゲーテ先生のお言葉。えい!「わたしのMac」なんか放っといて、美しい冬のベッドフォード・アベニュウを散歩に出よう。

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11月のBROOLYNつづき3

私たちに部屋を貸してくれているエミリーのおばあさんは、台湾の人だそうだ。どうりで、シゲさんが初めて彼女を紹介してくれたとき、思わず日本語で挨拶しそうになったほどの親しみを覚えた。確か国分寺のどこかで出会ったことあるような・・・。そのエミリー「日本には、たった一週間だけしか行ったことがないの。東京と北海道の旭川と。北海道は雪が降っていて、とてもすてきだったわ。日本は大好き。食べ物もおいしいし。一週間じゃあ足りないわ。今度は彼と一緒にもっとながく行くわ、ゼッタイに」と最後を強調して言った。

エミリーの彼・ジュリアンは、お母さんがイギリス人。お父さんがケニア人。彼の彫りの深い顔は、浅黒く、黒い瞳が印象的だ。ふたりは、来年の2月にBROOKLYNのどこかにレストランをオープンするという。そのために、今は毎日店の改装をしている。今朝ジュリアンが早く出かけたのは、ニューヨーク中を回って、細かい物を選んでくるためだ。

そうかぁ。それでガッテン!私たちに大きな部屋を貸して、自分たちはリビングルームを簡単に仕切った狭い部屋(しかも、一方がベランダに面していてガラス張りなのに、カーテン無し)を寝室にして、少しでも資金をためよう。夢を実現するためには、少々不自由な思いも厭わない。なんとも頼もしい。

叡がワークショップをしているCAVEでも、コロンビア人のヒメナと日本人のシゲさんが一日中休む暇なく動き回って、スタジオを切り盛りしながら、自分たちの作品創りをしている。

世界的な経済破綻で、お先真っ暗な世の中でも、様々なところで出会いがあり、その出会いが様々な生き方を生み出していく。

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11月のBROOKLYNつづき2

次男のれいじから「東京も急に冷え込んで、急遽布団を買いました」というメールが入った。寒いのはニューヨークばかりではない、冬ですものね。

昨日(12日)は、叡のワークショップがお休みなので、午後から散歩に出かけた。前日の寒さを想定して完全装備の態勢で外にでると、案外と寒くない。地下鉄のベッドフォード駅を目指して、ベッドフォード・アベニューを10ブロックほど、のんびりと歩く。初冬の穏やかな日差しのもとで、通りはウイークエンドの昼下がりを楽しむ人たちで賑わっている。11月の最終木曜日が感謝祭だという。それが過ぎると、町は一斉に降誕祭を迎える準備に取りかかるのだろう。途中、露天の古本屋さんで、ブランチ・フィッシャー・ライトの挿絵付きのマザー・グースの絵本を見つけた。

ベッドフォードの駅から地下鉄に乗り、3つ目ユニオン・スクウェアで乗り換え、グランドセントラルを通り越して、59番ストリート駅で降りた。地下鉄の階段を上ると、既に高層ビルの窓ガラスは夕陽を受けて、オレンジ色に輝いている。それから、マンハッタンを南北に走る有名な通り―3rdAve、レキシントンAve、パークAve、マジソンAve、5番街=を横切って、セントラル・パークまで。

実は、その日の朝「ボクは、やはり詩人だからね。セントラル・パークの紅葉がハラハラ散るのがみたいなぁ〜」と叡。「ハハァーン、リルケ張りね・・・」と内心思わず納得する。という訳で、セントラル・パークまでやって来たものの、公園内はどこもかしこも人だらけ。疲れ果て、ベンチに座り、木々の間から空を見上げると、薄紫から灰色そして藍色へと大都会は静かに暮れていく。二人とも寡黙になり目を瞑って、しばらくの間、遠くに響きわたる車のクラクションの音を耳にしていると、嗚呼、再びマンハッタンにいるんだ、と懐かしい思いが湧いてきて、時の流れの不思議が、疲れを忘れさせてくれた。

すっかり陽も落ちて、べッドフォード・アベニュウの帰り道、行きの露天の古本屋で見つけたマザーグースの絵本を7ドルで買い、叡は酒屋でイタリア産ワインを求め、ブロードウエイ・アベニュウ110の、エミリー&ジュリアンとの共同部屋にたどり着いて、無事ニューヨークの休日は終った。

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