山本さんの言葉

エッセイストの山本ふみこさんから頂いた本「そなえることは、へらすこと。」(メディアファクトリー)を読んだ。日常の暮らしの中で(特に、この度の大震災のあと)著者が、感じたり思ったりしていることが、明快、率直な言葉で綴られている。読んでいるいるうちに「そうね、そうよ、そうそう・・・」と私自身が書いているような気分になっているから不思議だ。そして、毎日の生活の中で、忘れていたり、気がつかないで通りすぎている事柄などを気付かせてくれる。山本さんの言葉がすぅーと私の身体に入ってきて心地いい。

最近、誰かと話していても、心の中でー言葉が届いていないなーと思うようなことが多くなった。もちろんこの状況は一方的な問題ではない。相手の人も同じことを感じているだろう。ますます話す言葉が空虚になり、ひととひとの間が薄れてきて、遠くなって行く。

山本さんの本の中に次のような文章を見つけた。

―けれども東日本大震災のあと・・・・与えられた物をすべて生かすことが、わたしがわが胸のなかで自分相手にした約束なのだった。

そんな山本さんの言葉に触れて、私の心に何時の時か読んだリルケの詩句が浮かんだ。

私は自分を配慮する。すると 私の中に 家が立っている。

私は自分を見張りする、すると私の中に見張りの牧(まき)がある。

愛を受ける者に私が成ると、美しい自然の姿が 私に凭れて憩い、そしてそれが 心ゆくまで泣いて泣き止む。(片山敏彦訳)

山本さんの本の中で、人間に無関心だった物たちが、植物が、自然が、山本さんの言葉に触れて復活する。

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石井恭二さんの訃報

11月30日の夕方、現代思潮新社の川辺さんから、現代思潮社元社主の石井恭二さんの訃報が届けられた。享年83歳。特にこの一年叡の心にはいつも石井さんのことが気になっていたようで、「今度一度訪ねようね」と口にしていただけに、思いがけない訃報に接して、最期のお別れも逸してしまい、叡にとってはことのほか無念な思いだろう。

石井恭二さんが出版したマルキ・ド・サド作/澁澤龍彦訳『悪徳の栄え』が、発禁処分になり、石井さんはわいせつ文書販売等の罪に問われ、裁判が始まったのが1961年、69年に最高裁で有罪が決定された。その係争中の8年間は、火山のマグマが噴出し続けるようなエネルギーが、世の中に渦巻いていた。当時まだ20代だった叡は、大野一雄先生の稽古場で踊りの稽古を始め、土方巽さんと出会い、それまでのダンスの概念をひっくり返すような土方さんの舞台を共に体験し、澁澤龍彦さんはじめ多くの芸術家、詩人などと知り合うことができた。

どういう経緯かすっかり忘れたが、多分1970年頃のことだと思う。ある日、当時石井さんがお住まいだった小日向にお宅に招待され伺うと、そこにはすでに、埴谷雄高さん、澁澤龍彦さん、龍子夫人が集まっておられた。石井さんが「本日は平安朝時代の食事を嗜む集いです」との挨拶があり、石井さん自らひとつひとつ供される食事の品々の説明があった。私は、珍しい食べ物にびっくりしたり、戸惑ったりしながら、一方で、その場で交わされる会話のおもしろさに引き込まれ、その場の心地良さは今でも思い出せるが、もったいないことにその時に何が話されていたのかすっかり忘れてしまった。まだまだ未熟な私だった。

数少ない叡の著作のうち、『天使論』1972『聖霊舞踏』1977『神々の黄昏』1979 の3冊は、石井さんの元から生まれた。その後、すでに現代思潮社を退かれておられたが、石井さんの計らいで、写真集『銀河革命』を現代思潮新社から2004年に上梓した。

前を歩いていてくれた人が、いつの間にか消えて行く。その人の存在のぬくもりだけを私の心の中に残して。決して消えない存在のぬくもり。なんと素晴らしいことか。

「ありがとぉ〜」いくら叫んでも、すでに言葉はとどかない。

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