グリュス・ゴット!

思いつくまま気の向くまま、頭の中のおそうじをするように・・・今年初めてのブログです。

長田弘さんの「ウイーン、旧市街の小路にて」という詩のなかに、

グリュス・ゴット!/挨拶のなかに神さまのいる街。

という一節を見つけて、嬉しくなった。「グリュス・ゴット」とは、今から34年前の春、私が家族と共にシュッツトガルトに渡って初めて知った挨拶の言葉だ。「神さま、こんにちわ」なんとステキな、なんと美しい響きなのだろう。それからの5年のドイツ生活の間、友だちでも、八百屋さん、魚屋さん、郵便局、銀行、学校、お隣さん、市電の運転手さんなどなど、いつでも何処でも人との出会いは「グリュス・ゴット」から始まった。

5年後日本に戻ってから、20年近く経った2005年春、叡の振付けの仕事で、一ヶ月ベルリンに滞在する機会があった。久しぶりのドイツというので、私は胸をわくわくさせながら、集まったベルリン在住の若いダンサーたちに向かって、大きな声で「グリュス・ゴット」と挨拶すると、「ヒサコガ、グリュス・ゴット、デスッテ!」とみんなに大笑いされてしまった。何がおかしいのかなぁ?ともじもじしていると、ルノワールの少女を想わせるダンサーのひとりコリーナが、私の耳元で「ベルリンでは、誰もグリュス・ゴットとは言わないの」と囁いて慰めてくれた。でもどうして言わないの、こんなにステキな挨拶の言葉を・・・。

その一ヶ月、私たちはブランデンブルグ門の南の旧東ベルリン側にあるアパートの8階に滞在した。5月19日ベルリン到着の翌朝、北の窓から外を覗くと、灰色の四角形のコンクリートの立方体が整然と幾つも並んでいて、立方体と立方体の間には、細い通路が縦横に走っているのが見えた。上から見ると、同じ大きさの四角形だけが並んで見えるが、立方体に差した影を見ると、高さは微妙に異なっているようだ。一体これは何だろう? コンクリートに挟まれた狭い通路をひたすら歩く人がみえる。若い夫婦が子どもを石の上で遊ばせている。前も後ろもないような、終っているようで終っていない、なにもない空間。

それは、5月12日に完成したばかりのホロコースト記念碑だった。そして、6月1日、イスラエルのシャロン首相が記念碑に訪れるというので、前日から私たちがいる建物の周辺は厳戒態勢にはいった。稽古場で、コリーナは私に「ヒサコ、明日は絶対に窓を開けて外を見てはダメ。即座に拳銃で撃たれるわよ」と厳重に忠告してくれた。翌日私は、忠告を守って窓を開けずにガラス越しに外を覗いて見た。至る所に警察官や兵士たちが配置されていて、地上では警察犬が植え込みをせっせっと嗅ぎ回り、ビルの屋上からは、銃を携えた兵士たちが双眼鏡を覗いてまわりの様子を伺っている。あまりの物々しさに、その必要も無いのに、私はしばらくの間、物音を立てないように息を潜めてていた。

ベルリン在住のダンサー8人に振り付けた叡の作品「蜃気楼」の初演は、ブランデンブルク門から続いて広がる ティーアガルテンの中の世界文化の家で行なわれた。終演後、コリーナは私に「私の父も母もドイツ人。私は時々自分がドイツ人であるのが恥ずかしく思うの・・・」と話した。私は心の中で、えっ、何で?と思ったが、その時私は、20代の若いコリーナが背負っている存在の重荷を受け止める言葉を見つけることができなかった。

翌日日本に向かう飛行機の中で、コリーナの顔を思い浮かべながら、「コリーナ、あなたのなかの神さまにこんにちわ。グリュス・ゴット!」とつぶやいてみた。

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