頭の中は雑草だらけ

十一月も後一日。先日市役所から後期高齢者医療書が届いた。高齢者の気分は全くないけど、リウマチの体は確実に立派な高齢者、やれやれ!

一人でできないことにぶつかると、あらゆる手を使って乗り越えようと力んでいる自分がいる。歯を使い、百面相で頑張る自分の姿を想像して、思わず、ぷっと笑ってしまう。きっと他の人が見たら「この人何を、どうしようとしてるのかしら?」と笑いを堪えるに違いない。そう思うと、また私は可笑しくなる。

文庫本を持つことが困難になって来たので、読みたい本はiPad miniのキンドルで読むことにした。目によくないなんて言っていられない。書物の内容より、美しい装丁、活字、紙、ほんの形……が好きで、本が体の近くにあると不思議に落ち着く私だったので、iPadの香りも、色もない本は私にとって書物とは言い難いけど、そんな呑気なことは言っていられない。私の頭の中は雑草だらけ、と体が不自由になって気がついた。75年近くも生きて来て、書物から何を学んできたのだろう。でも、気がついたのだからいいか、と、呟く自分がいて、ダメダメ、今からでも遅くないよ、と、囁く自分がいる。

歳を重ねていくのも、すてたもんではないよネ‥…と自問自答したりして……。

クリスマス そして 新しい年 がやってくる。

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及川廣信先生のこと

及川廣信先生が、9月5日93歳で旅立たれた。先生とは、生前一度だけお目にかかっただけなのに、私の心にはなぜか先生が住んでいた。というのは、国分寺の北口にあった伊庭野眼科の伊庭野先生は、及川先生のお姉さまだったからだかもしれない。天使館を造り、子育て真っ最中の頃、生来眼が弱い私は、目に異常をきたすと直ぐに伊庭野先生に診ていただいていた。先生は、私が大野先生や土方さんと面識があると知ると、とても嬉しそうに弟の及川先生のことを話してくれた。

「あの子はね、優しくて、明るくて、とてもひょうきんで………よく私の息子を相手に、面白い話をして笑わせたり………。フランスに留学する時、友だちを信頼してお金を預けて行ったのに、その友だちがお金を持って逃げてしまって、彼はスッカラカン。人がよすぎたのね。当時外国送金はとても難しく、真っ黒に塗りつぶした新聞紙にドル札を包み込んでフランスに送ってやったものだわ」

伊庭野先生のお話ぶりは、まるで目に入れても痛くない愛する我が子のことを話す母親のようだった。小柄な伊庭野先生は、ノリのきいた白衣を着て、キュッと締まったブラウスの襟元にブローチを付け、背筋を真っ直ぐに伸ばして診療室の中で素早く的確に治療してくださった。優しさと温かさと冷静な判断力と厳格さをあわせ持った上品で素敵なお医者さまであり、若い私にとって憧れの女性だった。

何がきっかけだったのか知らないが、三男のミツタケがダンスを始めた頃、暫くの間、及川先生の稽古場に通っていたことがあった。随分年を経たつい先日のこと、ミツタケが、ふとその当時の及川先生のことを口にした。稽古の前に受講料をお渡しすると、先生は稽古の後でいつも「これで帰りに美味しいものでも食べなさい」と言って受講料をそっと返してくれたそうだ。それを聞いて数日後、先生の訃報を知った。

私の大切な人生の先輩たち。いつまでも先を歩いてくれていると思っていたのに、私のカラダのなかに温かなぬくもりをそっと残して消えてしまった。

心もとなくさみしいけど、この温もりに感謝して育みながら、大切に先に進もう。

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笠井久子ブログ

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