冬至

今日は冬至。一年前の今頃は何をしていただろうか?はるか昔のことで、気持ちは今と全く繋がらない。去年10月102歳のアキラのお母さんを、今年1月に大野慶人さんを送り………3月神奈川芸術劇場で「笠井叡 DUOの會」を一回だけ公演して、コロナのため残りは中止。それから今日まで、季節の巡りを楽しむ間もなく、その日その日を呼吸して………そして、今日は1年で一番夜が長い日。明日からは日毎に光の時が長くなる。

ハンナ・アレントの「人間の条件」から
『地球は人間の条件の本体そのものであり、おそらく、人間が努力もせず、人工的装置もなしに動き、呼吸のできる住家であるという点で、宇宙でただ一つのものであろう。たしかに人間存在を単なる動物的環境から区別しているのは人間の工作物である。しかし、生命そのものはこの人工的世界の外にあり、生命を通じて人間はほかのすべての生きた有機体と依然として結びついている』(志水速雄訳)

明日も大切に呼吸して………安らかに おやすみ ヨワムシヒサコサン。

キッチンの机の上で  〜神の御子は今宵しも〜

キッチンの机の上で 〜神の御子は今宵しも〜

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記憶が、今のわたしを温めてくれる

クリスマスが近づくと、あぁ ドイツに行きたいなぁ〜、東京の冬の青空も好きだけど、空気が凍るように冷たくなり、日毎に夜の闇が深くなるドイツの冬もいいなぁ…‥と、心の中で、シュツトガルトの森を描いてみる。
ところで、明後日私は76歳になる。朝「びっくりするほどの歳の数だよね」と食卓の向こうのアキラに話しかけると「びっくりするほど中身は成長していないね」とおっしゃる……そう言うあなただって……と心のなかで言いかけたけど……。私がアキラと初めてあったのは、16歳の時。あっという間に60年が過ぎてしまった。その長い時間を私は何をして来たのだろうか。多くの素晴らしい人たちに出会い、教えられ、導かれてきたと思っていたけど、あまり深く考えずに生きて来てしまった結果だから、中身が未成熟なのは仕方がない、と自分に相変わらずの情けない言い訳をしながら、カートにつかまりながら散歩に出た。陽が傾いて冷たくなった風が顔に当たって気持ちがいい。歩いていくうちに、今まで出会った人たち、書物の中の人たち、どこかで耳にした言葉、読んだ言葉、詩の言葉……が頭の中を風になって過ぎって行く。太古からの死者たちの記憶が、今のワタシを温めてくれている。

   おまえはわたしたちの……

おまえはわたしたちの幾何学ではないか、
窓よ、わたしたちの巨大な生をう
やすやすと区切る
いとも単純な形よ。

わたしたちの愛する人が、
おまえの額縁に
囲まれて姿をあらわすときほど、
美しく見えることはない、ああ窓よ、
彼女をほとんど永遠にするのはおまえだ。

あらゆる偶然は除き去られ、存在が
愛のただなかに身を置いている、
まわりのすこしのこの空間と共に
人は存在をわがものとする。
       R.M.リルケ 『窓』より  高安国世訳

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