上村なおかのソロ

同じように、春が再び巡ってきた。桜の開花宣言と緊急事態宣言の解除と睨めっこしている。庭には春の陽光がいっぱい。いつの間にか、ライラックの濃紫色の芽の先は白味をを帯び………いつの間にか、壊れつつあるリウマチカラダの内に美しい春の光が差し込んで……。

天使館で、上村なおかのソロを観た。
気がつくと、中庭の扉から螺旋状にねじった体に自然を丸ごと引き連れて入ってきた。漆喰の白壁と白木の床の空間に、ダンサーの内なる自然が現れる。床の感触、微かな空気の揺れ、喉の奥底から聞こえる声、痙攣する指先、飛び跳ねる足先……窓を開ける。突然、闇が覗き込んできた。荒々しい呼吸、遠い体の記憶、幼い頃の……。
いつの間にか、私の体もダンサーの内なる自然のなかで、呼吸し、感じている。静かな時間。時間を超えた時の流れ……。宇宙を内包する女性存在の強さ……。
 
春爛漫。うれしくもあり、おそろしくもありのヨワムシヒサコさん。

国分寺の桜の園

国分寺の桜の園

明日はどんな天気かな?

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あれから10年……

「天使館 VOL.II」は、2011年4月18日に上梓された。その【編集後記】を読む。
 
 1971年8月から79年8月までの8年間、その稽古場ではもっぱら舞踏の稽古が行われた。同年、笠井の渡独にともない天使館は休館。1985年春、オイリュトミーの研鑽を終えた笠井は、天使館をオイリュトミーの活動の場として再び開いた。
 昨年の秋ふと、文集「天使館.II」を出すのは、今だ、という思いが頭をよぎった。「VOL I」は35年前、当時天使館に舞踏の稽古に通って来ていた若者たちの文章を編んで出版した。VOL IIでは、オイリュトミーシューレ天使館の卒業生たちで結成されたペルセパッサ・オイリュトミー団の団員たちと、シューレ卒業後、様々な道でオイリュトミーを深めている人たちに、原稿を依頼した。
 今年2月になって、次々と手元に届く原稿からオイリュトミーが、ゆっくりと確実に、書く人の「いのち」に結びついていく様がうかがわれて、感銘を受けた。
 3月、南からの花の便りもうれしく、編集作業にも拍車がかかり始めた時の3月11日午後2時46分、東北関東大震災が起こった。一瞬にして多くの「いのち」が失われ、多くの方の生活の根拠が消え去った。
 今、深い悲しみの内にありながらも、35年ぶりに文集「天使館」に寄せられた「コトバ」が、根こそぎ消えた大地の底から、再び、「カラダ」が紡ぎ出す「いのち」に結びついた「コトバ」の芽となることを、私は信じたい。(H.K.)

あれから10年、私は何かを学ぶことができたのだろうか?

「天使館 VOL.II   オイリュトミー」

「天使館 VOL.II オイリュトミー」

 

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散歩にでる時

いつも散歩に出る時、エィっと自分で自分に気合を入れなくてはならない。ヨワムシだなぁ〜ナマケモノだなぁ〜ナサケナイなぁ〜ヒサコサン。でも、首にカラーを巻いて、靴を履いて、マスクをして、せつ子さんから頂いた超カッコいい帽子を頭に載せて、カートを出して……やれやれ、玄関を出ると、急に嬉しくなるのは何故だろう。
首の骨が頭を支えられないので、転倒しないように、前方を見ずにもっぱら自分の靴の動きを見ながら歩く。でも、春先の空気の匂いや、袖口からスゥーと入ってくる風が胸の辺りを通り過ぎるのを心地よく感じながら、今はまっているユルスナールを頭のどこかで思いながら歩いていると、自分の壊れかかった体のことが気にならなくなる。
史蹟公園の一本松の曲がり角まで来た時、私が曲がる方向に大きな車が止まっているのに気がついた。私が通り過ぎるのを待っているのだ、急がなくては!と思った途端、公園で作業をしていたおじさんが「おばあちゃん、大丈夫だよ、私がいるから」と言って、私の背に手を当てて、車が通り過ぎるまで守ってくれた。「ハイハイ、ご親切にどうも ありがとうございました」と、それまでユルスナールになっていた私から、急におばあちゃんになった私の体に、ゆっくりと温かさが行き渡る。また、しばらく行くと、前方からオートバイの音がして止まった。次男のレイジだ。「どこいくの、散歩?気をつけるんだよ!」まるで母親が子どもにでも云うような口振りでいうと、さぁと走り去っていった。……ハイハイ、充分気をつけます、ありがとう……。それからも、自分のペースでゆっくりカートを押しながら、自分の十字架は自分で背負わねば………などとぶつぶつ言いながら、背中を丸めて前屈みの姿勢で、ひたすら地面を見ながらあるいていると…極楽とんぼのヒサコサン。アナタはそれで充分幸せよ…と、どこかでもう一人のヒサコサンの声がする。ココロはカラダをいたわりカラダはココロを支え……沈丁花が香ってきた。明日も散歩に出よう。

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ふにゃふにゃの指

今日は、寒い。いつの間にか、自分の手の変形が驚くほど進んでいるのに気がついた。始まりは20年ほど前の3月のこと、右手の中指が脱臼して、みるみる間にふにゃふにゃになってしまった。その時、私は頚椎固定手術を受けた後で、首にハローベスト(頚椎固定器具)を装着して病室のベッド上で寝ながら自分の指を眺めていたのだ。直ぐ、主治医にぶらぶらになった中指を見せると「よしよし、当て木でも当てて縛っとけ」と取り合ってくれない。指の関節より頚椎の方が重大事なのだろう。お陰で、今までもふにゃふにゃのままだ。
それから20数年、ゆっくりゆっくりと骨の崩壊が進み、今はマシュマロみたいに柔らかい小さいお団子が重なっているような掌に、ふにゃふにゃしたクラゲのような指が付いている手となった。それでも、私の思いをiPadのキーボードにペンシルで打ってくれるからありがたい。
このちょっと滑稽で可笑しい形の、私の愛しい指たち、いつまで私のために働いてくれかい?

昨夜、浅見裕子新作舞踊「コーボルト・スペーシー」を、天使館で観た。暗黒の地中からボソボソと地上に這い上がってきた四人のコーボルトたちが、一斉に色を纏い、カラダに音を響かせ踊る姿を観ているうちに、私の修理不能のカラダの内も、一緒に踊った。

いつの間にか消えてしまったクリスマスローズが、庭の片隅で一輪咲いている。クロッカスも水仙も伸びてきた。小鳥たちも飛んできた。風が吹いている。

クリスマスローズ。庭の片隅で咲いていた。

クリスマスローズ。庭の片隅で咲いていた。

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笠井久子ブログ

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