天使館ダンス現在『展示するカラダ』構成・演出・振付 笠井瑞丈 

天使館  ダンス現在  「展示するカラダ」  
構成・演出・振付    笠井瑞丈
2011年4月11日・13日14日

笠井瑞丈が西洋古典音楽の最高峰のひとつと言われるJ・S・バッハの「フーガの技法」に挑んだ。
ピアノ演奏は高橋悠治。用いられた譜は「未完成の草稿譜」ではなく、1986年に初めて出版されたバッハの自筆譜そのものである。高橋悠治によれば、この譜は初めの主題が単純な対位法によるものから、リズム的にも音楽的にもだんだんと複雑さを増していくように配列されている。
 フーガはソナタ形式のように、一つの主題を様々な音楽形式によって構成されるものとは異なり、多様な多声的音楽によって展開される技法である。人間の運命になぞらえて言うならば、ソナタ形式が人間には、はかり知ることのできない出会いや出来事によって作り出される起承転結に貫かれているとするならば、フーガ形式は偶然によって生じる運命ではなく、運命そのものに働きかけている天界法則に導かれているといえる。人間の恣意的思いをすべて吸収し尽くして、螺旋階段を上っていくバロック建築のようである。
 笠井瑞丈が40代を過ぎてから、どのように、この厳格な法則に導かれるバッハの音楽に、内的な出会があったかは、はかり知れないものがあるが、彼の祖母が在野のバッハ研究家であり、パイプオルガ二ストであったことと無関係ではないだろう。
 今回踊ったダンサーは小暮香帆、青沼沙季、志築瑞希、宮脇有紀。この四名の女性ダンサーの構成はソプラノ、テノール、バリトン、バスの四部構成からなる曲とあわせて、天使館 内部の四つの白い壁面に「動く銅版画」のような効果をもたらした。衣装は簡素な稽古着にちかく、手足の素肌を晒しながら、動きの速度に関わりなく、常にやわらかい空気感を周囲に流し続けた。
 音楽がダンスのためのパックミュージックであるという要素を完全に排しながら、振付に至るまでに細部にわたって、かなりこの16曲を聴くき込んだのであろう、曲と振付の関わりが、それぞれ親和したり反撥しあいながら、直接、最終曲に流れ込むのではなく、複線的な要素が随所に編み込まれていて、厚みのある仕上がりであった。
 始まりはこうである。
 観客はのんびり、折り込みチラシなどを見ながら、これから始まるだろうと思っていると、突然、やや緊張気味の4人がスタスタと4方に分かれて入り込み、数少ない客席の椅子にそれぞれ座る。何人かは、頭をうつ伏せ気味にしている。この入り込みは、観客も自分が一瞬ダンサーになったような錯覚で身が引きしまる。最初に上手中央に立ったのは香帆。それに合わせて下手寄りの中央に仰向けに床に横たわったのは 有紀。次にそれを挟むように左右から沙季と瑞希が立つ。「ラミドラソ#」の主題が、目に見えない時間の流れの中に撃ち込まれる。第1曲の三分弱の間、ダンサーはほとんど動かない。その分、見ている側のカラダは停止するというよりも、ゆっくりとした音の波に乗せられる。観客のカラダの中をゆっくりと波打っているこの第1曲の気分が、それに続く全15曲を展開するダンスの床の役割を果たす。作品を見るフレームとして、始めに与えられるのは、「動き」ではなく、音楽そのものである。よく言われることであるが、バッハは前半生、職人的なプロの作曲家意識というよりも、自分を無にして神から与えられる音をただひたすら受け取る側に徹していた。それらの音を、音楽愛好家や観客のために作曲したのではなく、「教会」という「神の家」の中に響かせるにふさわしい音として捧げた。音楽をコンサート形式として、はっきり意識し始めたのは、様々な『受難曲』以降であるといわれる。そのような意味で言うと「フーガの技法」は、その名の通り、恩寵的音とは対極の「技法」「マニエラ」に徹したものである。一時間にも満たない長さの曲であるにもかかわらず、なんと、バッハは10年をかけているのである。バッハはその時、まるで音楽建築家のようである。しかも、未完で終わった。それはシューベルトの『未完成』のような曲が持つ「未完成さ」とは全く異なっている。「神とは職人である」というコトバは全くこの時期のバッハにふさわしい。振付はその第1曲をほとんど動かないことによって、音と動きを両極に分断することから始めた。このバッハの超職人的な音が現れるのは、第1曲に対して「鏡像的な単純対位法」として現れる第2曲目である。一目曲の上向する音の流れによって創られる「天上性」が、ここで鏡に映されて下降する「地上性」に変わる。香帆は一切の感情的起伏をあらわすことなく、「激しい冷たさ」でソロとして、この第2曲を動ききる。以前よりもさらに体が削ぎおとされ、とりわけ右脚の動きは筋肉をまったく感じさせない「音の結晶体」であった。彼女はこれまで様々の笠井瑞丈の振付を踊ることによって、ダンスのために造るれたカラダという以上に、音楽を受容するにふさわしいカラダを造りあげてきた。この第2曲目のソロは、彼女の運動筋肉ではなくて音楽筋肉によって、踊られたものである。第三曲目は有紀と沙季のデュエット。はぎれのいいテンポと自分独自の空間性をそれぞれ保ちながら、全体に統一感のある動きを作り出している。二人のカラダ若々しく、未成熟である。対して、音は成熟を突き抜けて、完全性を備えた1点非の打ち所のない音楽法則の結晶体である。この2人のカラダが鉱物のような音楽壁面に体当たりしては崩れるさという光景は、ダンスの真骨頂である。いつまでも、見続けていたい。
 第4曲目は上手側に有紀,瑞希が立ち、下手に沙季が立ち、緩やかな曲線を描きつつ、動きと音が離反したり融合したりする。この3人を見ていると、個人的には「三姉妹」を思い出した。この「フーガの技法」をバッハと同じくヨーロッパ系の、あるいはドイツ系の3姉妹が踊るとするれば、どことなく不釣り合いなものが生じる。ヨーロッパのダンサーであるならば、個体主義的なダンサーがいい。それに対して日本人の3姉妹が一体となって「フーガの技法」に向かっている姿は、それを通して新しい日本人のカラダが見えてくるような気がした。何なのであろうがこれは・・・。ダンスが人間のカラダの完全性を求めているとするならば、ヨーロッパ系のカラダの完全性は、個体主義的なものの中にあるのに対して、日本人のカラダの完成形というのは、全体主義的なものの内にあるのかもしれない。とはいえ、この3姉妹の中の1人の瑞希が、一瞬の短いソロ的動きとして、上手から下手に観客に背を向けて動いた瞬間、私はこの4人の中では一番、瑞希が個体主義ダンサーの資質を持っているのではないか、という気がした。彼女はその瞬間に激変したからである。いずれにせよ、「フーガの技法」という恐るべき曲は、踊ってる人間の細部までをも映しとる鏡である。第五曲はテンポの早い二重対位法で構成されたもの。おそらく笠井瑞丈はこの曲に相当の思い入れを持っていたのではないか。四方から四人のダンサーが回転しながら入りこんでは散ってゆく構成で、動きが曲を引っ張ってゆく感じが見事であった。振付の完成度も高く、フーガが開花したように思えたのであるが、その一端は、曲冒頭のオクターブのインターヴァルの持つ感覚を振付の中に取り組んでいたからである。まったく無いわけではないが、曲の冒頭にオクターブのインターヴァルを持ってくる曲は珍しい。なぜなら、しばしばオクターブのインターバルは音楽や曲の「完全性の達成」をもたらすものであるから、冒頭にオクターブ音程を持ってくると、作曲する意味がそがれてしまう恐れがある。振付者はこの「完全性の達成」を振付の中で先取りしていた。振付者はこの曲をどう振付るかによって、曲全体の振付が決定するほどに、重要に感じていた。カラダを軸回転させる振りとオクターブの音程が結びついて曲が終わるよりもはるかに前に、ダンサーたちをゴチック建築の一番上の尖塔に立たせせていたのである。その思いが見てる側に非常によく伝わってきた。
 それに対比するかのように、第6曲は香帆と有紀のゆったりしたデュエット。二人は結びつきを持たずに自立した空間と唯我のうちにたゆたいながら、見ている側が二人を、自由に結びつけることのできる楽しみがあった。それは有紀が動きの主張をはっきる持っているダンサーであるのに対し、香帆は動きに主張を入れないダンサーだからである。第7曲最後の、瑞希と沙季のデュエットは、反対に二人でありながら一人の動きのように思えた。
8曲目は沙季のソロ。「動く」と同時に、自分と対話している感じがひしひしと伝わってくる。彼女は自分の動きを「他者の動き」のように感じとりながら、自分の心の空間にその動きを招き入れて、対話し続ける。もし、それが歌であるならば、あたかも自分を慰めるために歌っている歌手のようでもあるが、そこはダンスと歌の違いであろう、沙季の内部でのダンス的対話は、自分を慰めるのではなく、観ている側の人間を慰めてくれる力がある。
 どの曲に対しても、4人のダンサーはつねに新しい感覚で向かっていく。それは振付の力だけではなく、本質的に「フーガの技法」という曲の特性にも拠るのではないだろか。共通の一つの主題を、東西南北春夏秋冬のなかの、まったく異なた光の中で、予想もしえない輝きを放出する。そして4人のダンサーがその中に全身で入っていくというダイナミズムに溢れていた。時間の経過を感じさせぬままに、15曲、16曲の鏡像フーガに移行していく。ブルーの光の中の上手に向かう、ゆっくりとしたユニゾン的動きから、鏡の中に新しい実存を全身でつかもうとするうっすらした全16本の手足が、桜の散ってしまった国分寺周辺の闇の中に開花するかのごとくに、広がっていった。
それにしても、高橋悠治は昨年の12月の末、笠井叡のために二晩にわたって天使館において即興演奏を行った、音として響いているわけではないが、この「展示するカラダ」においておいても、高橋悠治の気配は実に濃厚であった。
                      2011年4月11日、13日所見      笠井叡

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