天津神算木の作成方法(阿賀神社 合宿講座のご参加の方々へ)

まず元の木となる横の長さ20センチ・縦横1センチ半 のヒノキ素材の木材を用意してください。(東急ハンズで購入する。)

それを3分の1ずつに分割します。(東急ハンズで購入の時に、分割してもらうようにしてください。)

分割しますと、切断面のために長さが短くなり、一つの素材は、横の長さが6・センチ半 くらいになります。

36柱の神算木を作成するためには、したがって、長さ20センチのヒノキ材が12本必要です。

この一つの木材(横6センチ半、縦横1センチ半)を神算木にするためには2種類の方法があります。

印として、色彩を用いる場合と、「黒点}を用いる場合です。ここでは「黒点」を用いる場合の説明をします。

机の上に横にした一柱の神算木を置きます。そうしますと、指で1回押すたびに横になった面が4回、来ます。

4回押すと、最初の面に戻ります。

次に太さ2mm が3mmくらいの黒のマジックペンを用意します。

神算木の切断面を見ますと、薄らと、円さを持った年輪の筋が見えます。

円さのある方が「天」で、その内側、が「地」です。

始めに、円みのある方の面の中心に、「天」の「黒点」をひとつ印します。

円さのない「天」の裏側の「地」に、「黒点」を四つ印します。

次に神算木を机の上に横に、一点の「天」を上面にしておきます。地の面は机の面と重なって見えません。

こうして左側の切断面を確認しながら、その面を黒く塗りつぶします。ここが「本」(もと)(木で言うと根)です。

再びの塗りつぶした本(もと)の面を左にして、

「天」を上面にして机の上に神算木を置きます。

次に、てまえ側の面に「黒点」二点を記します。この面が神算木の「火」の面です。

見えない向こう側の面に「黒点」三点をします。この面が神算木の「水」の面です。

確認のために、本を左に「天」上面にして神算木をおいてください。1回向こう側に押すと2点の「火」が、

さらに押すと4点の「地」が、さらに押すと3点の「水」が、もう一度押すと、最初に戻って、「天」が現れます。

これで完成です。36柱の神算木は、布にくるんでご持参ください。

図版の入った説明文は「金鱗の鰓を取り置く術」の157頁、158頁を参照ください。

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2018年5月6日 「日本国憲法を踊る」に鈴木邦男氏、天使館来館

鈴木邦男と笠井叡

私は鈴木邦男の30年来のファン。有難う。

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笠井叡ー土方巽幻風景 ダンスが見たい!20 「病める舞姫」を上演する=参加作品。8月4日土曜日8月5日日曜日 D ー倉庫

舞姫病める

私が土方巽の作品に初めて出会ったのは、1962年十一月五日に赤坂見附の草月ホールにおいて上演された「あんま 愛欲を支える劇場の話」です。この作品は、土方巽の中期の代表的な作品です。

この作品は私にとって土方巽の原風景となるほどまでに、深くカラダの中に植え付けられた作品と言えます。ー「笠井叡ー土方巽幻風景」はこの「あんま」に、土方巽の著書「病める舞姫」のイマジネーションを重ね合わせることによって、私の中の土方巽の核を浮かび上がらせようと思っています。

8月4日土曜日は19時30分より、
8月5日の日曜日は19時30分と15時30分と19時30分
の3回公演です。会場は、開演の30分前。

チケットは天使館の方へ直接お申し込みください。
spcp2bs9@grace.ocn.ne.jp
前売りが2500円で当日は3000円

上述の写真のごとく、笠井瑞丈・笠井禮示・鯨井謙太郎・定方まこと・寺崎礁・笠井叡6人が出演いたします。

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「金鱗の鰓を取り置く術」第2回ワークショップ 報告

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このワークショップを準備していて、今まで忘れていたことが、いろいろ呼び起こされました。その中で一番強烈によみがえってきたのは、どれほど、自分が20代の前半期にチベット寺院やゴビ砂漠やタクラマカン砂漠を放浪をしたかったか、ということです。理由は単純で、これらの地域には、人類が記憶している何万年以前かのことについての文献が眠っているからです。実際に、チベットのラサにあるポタラ宮殿は、まさにアレキサンドリア図書館に匹敵するような古代文献の宝庫でした。

ただ単なるロマンチシズムからではなくて、一体、人類が宗教などというものを発明する前に、地上には全く別の文化があったのではないか、ということです。宗教は何らかの意味で権威的になりがちですけれども、ひょっとしたら、それ以前の文化の中には、宗教などというものを作る以前の、もっと自由でありながら、それでいて、宇宙の根源に根差したような文化があったに違いないと思うからです。実際、そのような観点から、宗教以前の霊的文化の様々な文献を、この地域に探し求めたのは、ブラヴァツキ―夫人です。最近日本語に訳された彼女の、「シークレットドクトリン」のページをめくっていて、はたと、そのような自分に気づいたのです。

一般的に宗教というものが生まれたのは、人類が見霊能力を失ってしまった結果であることには、違いありません。

すべての感覚器官が霊界で生じていることや、宇宙の始まりや神々の心の中や、、存在の本質にまで到達できるような働きを有している時には、宗教などというものは、必要なかったのです。今日、人間同士が自由に話すように、その時人間は神々とも自由に会話できたからです。宗教が生じたのは、そのような能力を失ってしまったからに違いないのです。

この問題は現代を考えるうえで、とても重要です。今は宗教の時代ではありません。そうではなくて自由に人間が自分のカラダと無向き合い、そこで、カラダの中で生じている事柄と、世界の中で生じている事柄を同時に結びつけながら感覚することのできる、新しい感覚器官に目覚めることのほうが、先決です。

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第一回「金鱗の鰓を取り置く術」ワークショップ報告

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「金鱗の鰓を取り置く術「」の第1回目のワークショップが1月27日に、第2回目が2月の17日に終わりました。
第1回目は、大峡谷に懸った巨大な鉄橋が壊れていて、その壊れた鉄橋に向かって突っ走っている急行列車を、今の時代になぞらえ、そのような時代において、「人間が存在する理由」が一体どこにあるのか、というような方向から話を始めました。
そのような時代であっても、日常生活は淡々と進んで行き、天体の運行は、整然と今まで通りに、何も変わっていません。

今回のワークショップは、このような時代に「世界に人間が存在する、根源的な根拠」が一体どこにあるのか、ということを、妥協なしにと「自己のカラダと対話する」という、趣旨で始めました。できるだけカラダを通して「感じとっていく「」という方向で進んでいきたいと思います。

始めに、歴史を動かしている「原理」というものがもしあるとするをならば、それを「弁証法」としてとらえ、弁証法を人間がを考案したものではなく、世界それ自身の自己認識の発展形式として、考えようと思います。私の思うには弁証法に、2種類あります。完全な理想主義的目的に向かって生ずる弁証法と、ひとつの時代の矛盾を解決してゆくことから生じる弁証法です。「金鱗の鰓を取り置く術」のワークショップにおいては、徹底的に前者の弁証法に立とうと思います。具体的には、
空間ー時間ーコトバ
能動ー受動ー能受動
自我ー非我ー合一
神皇ー人皇ー民

父ー子ー聖霊
呼気と吸気とその合一
自由ー平等ー愛
素材ー生命ー意識
黄色-青色ー緑色

まずこれらの三原理にたいする「身体感覚」を創造しながら、
歴史をその根底から解読、理解しようと思います。

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ナポリの考古学博物館での笠井叡

ナポリの考古学博物館の笠井叡

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