「ひかりのはこ」

また一人、天使館で出会ってから、ともに同じ時を生きてきた詩人の片山令子さんが、先に逝ってしまった。

今日、片山健さんから、かねてより病気療養中の令子さんが、今年3月22日、68歳でお亡くなりになったこと、故人の意向で病気のことは知らせなかったこと、あいさつもできずこの世を去ったことで、悲しい思いをさせてしまったことのお詫びのお葉書を頂いた。

今年の初め、令子さんが発行しているリーフレット「ひかりのはこ  9」が、ポストに届いた。

・・・

眼が今の世界を見ながら

過ぎた日の情景を思い出している時

ふたつの映像が重なった世界を

見ているのではないだろうか。

そして今の映像が過ぎた日の映像に

キラキラと今の輝きを移していく。

今は直ぐに総て過去になるけど

過ぎた日々は感情によって幾度も

今になり続けることが出来る。

うれしかったこと

美しかったこと

尊敬したひと可愛かったひと

風のように颯爽としていたひとを

たくさん生き生きと思い出す。

・・・

愛情に包まれたまま眠っている過去を

今に生まれかわらせる。

眼の窓を開けたまま

今と今と今を

過去に写し続けることによって。

美しい日々  ひと  出来事を

思い出すことによって。

あたらしく今を作り続ける

わたしという窓のある世界。

「窓のある世界」から

2018年1月5日発行    画=片山健     発行者・著者=片山令子

ひかりの箱を開けると、真珠のように美しい言葉たちがこぼれてくる。

目には見えないけど、嗚呼、令子さん。あなたの温もりが私を包んでくれる。

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ライラック

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1239B2CC-EC74-4CBD-BF15-5E5FA811C7EA今から38年前、家族でドイツに移住したのは、日本では初夏の風が吹き始めた四月中旬。コーリアエアラインの南回り三十時間、やっと目的地の シュトゥットガルトに着いた時は、夜もとっぷり更けた真夜中だった。次の日、家族みんなで迎えたドイツの朝 のなんと清々しかったことか!整然と立ち並んだ大きな家の庭は、どこも色とりどりの春の草花が咲き揃い、家を囲む針葉樹の間から薄紫、ピンク、白のライラックの花が美しいグラデーションを見せてくれる。子どもたちは、長旅の疲れも忘れて、ワイワイと外に飛び出した。

オオ寒い!ひかりは春の明るさなのに、空気は冬の冷たさだ。そして、3日目の朝、私たちの住むリーデンベルク一帯は、真っ白な雪で覆われていた。すると、近所に住むドイツ人パゾットさんの一人息子のロベルト君が、日本人家族がやってきたと知り、直ぐに我が家に訪れ「雪でフリーダー(ライラック)が全部折れてしまった。これからリアカーに積んで売りに行くけど、一緒手伝ってくれない?」と、子どもたちを誘いに来た。さすがドイツ人!びっくりもしたが、その意志の強さと優しさに共鳴したのか、チカシは言葉が全くわからないまま喜んでロベルト君について行ってしまった。

帰宅したチカシに聞くと、二人して大声で「フリーダーはいらんかねぇ〜、フリーダーはいらんかね〜」と叫びながら町中回ったけど、一本も売れなかった。でも楽しかったよ。と寒さで真っ赤になった顔をほころばせたのを見て、よし、これで異国の地ドイツでみんなで暮らしていけるぞ、と私の心も決まった。

今年の冬、庭にライラックの苗を植えた。栄養不足で貧しい我が家の庭に、これまで何度も試したけど、可哀想にいつも枯らしてしまっていたのに、どうしたことか四月になって急に暖かさが続いてきたら、なんと、しっかりした新芽が生まれてきたではないか!これからは、遅ればせながら、世話を怠らないようにしなくては・・・・

果たして、何色の花が咲いてくれるのだろうか?

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テルプシコール通信

テルプシコールの秦さんから、テルプシコール通信2018年3月4月 が送られてきた。

「春一番の声とともに花粉嵐の吹き狂う今日この頃ですが・・・・」と始まる秦さんの挨拶文と一緒に、舞踏新人シリーズ第46弾の チラシが入っていた。チラシの裏面には、テルプシコール 企画「舞踏新人シリーズ出演者列記  」(第1弾〜第45 弾)とあって、’85.10/17〜20から2017.10/25〜29 までの全作品名と出演者の名前が列挙されている。数えてみると全部で165作品あった。

驚いたことに165作品全てにユニークな賞が与えられていて、その賞の名前が奮っている。 「半分からのROMAN」という作品には「はにかみのトライアル賞」。他に「仮装バナナのかけ違い賞」「煩悩童子  ・汗斗賞」「月見て狂へ賞」「夢見るマシュマロ童女賞」などなど。

ひとつ一つ丁寧に読んでいくと、実際に観ていないのに、舞台のかおり、色、雰囲気が目のなかに浮かんでくるから不思議だ。 30 年以上にわたって、続ているこのシリーズの出演者の中には、既に故人となられた方も数人いらっしゃる。

毎回送ってくださるテルプシコール通信も、今回No. 165。編集も発送も秦さんの手作業。人にも時代にも阿ることのない意志の強さと爽やかさがある。踊る人たちを深いところで支える温かな眼差しを感じる。

2018年4月19日(木)〜22日(日) は、舞踏新人シリーズ第46弾がやってくる  。

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新しい春

82BDCDBC-11ED-4ACE-B435-251A0B46A2BF朝早く、二階のベランダに出ると、あちこちで鳥の鳴き声がする。深呼吸すると冷たい空気が、未だ覚めやらない私のカラダの内の隅々まで、サッと広がる。 エーイと伸びをして、遥か彼方からやって来る今日という新しい春を迎える。

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一足先に、嬉しい春の日

朝、ベランダに出ると湿った空気の中にほのかな春の匂いを感じる。うれしいな!

昼食後、国立で行われる「オイリュトミーとピアノの会」に出かけた。隣町という事もあってか、のんびりし過ぎ、慌ててタクシーを頼み、アキアと会場に向かった。国分寺に住みはじめて かれこれ半世紀、バスに乗って子どもたちと一緒に、何度国立・国分寺を往復したことか。たまらん坂から大学通り、桜通りを横切って富士見台 団地入口まで。間に合った!

定方まことさんのオイリュトミー、上田早智子さんのピアノで、R.シューマン「子どもの情景」 W.A.モーツァルト「きらきら星変奏曲」(「ねえ、ママ聞いて」の主題による12の変奏曲)をかわいい子どもたち、子育て真っ最中のお母さんたちと一緒に観た。

樹々の枝もふくらみはじめ……嬉しい一日。

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バーバラからの手紙

ニューヨークから戻って数日後、フライブルクに住むバーバラからパック郵便が届いた。開けると、中から木綿の大判のハンカチ3枚(淡いブルーと白の格子の地に濃紺の小さな花をあしらったもの。青と白を基調にした幾何学模様のもの。白地にバイエルンの民族衣装を着た子どもの刺繍がしてあるもの)とカードが出てきた。いかにもバーバラ好みの清楚なものばかりだ。カードには、ブルーブラックのインクで、バーバラのおしゃべりがそのまま文字になっているような筆跡のドイツ語がびっしりと並んでいる。やれやれ、私はドイツ人ではないのよ、と心の中で彼女に文句を言いながらも、私はベッドにひっくり返って、文字から聞こえてくる彼女の声に耳を澄まし、文面を何度も何度も眺めていると、まるで曇りガラスが透けてきたように、書いてあることが見えてきた。
「今年の夏フライブルク町は、 die Dirude-Mode(バイエルン地方のファッション)が大流行り。それで首に巻くハンカチを多く見かけたのよ。その度にあなたがいつも首に布を巻いていたのを思い浮かべ、あなたがニューヨークに行く時とか、ローマに来る時に、どんなのがいいかしらと思ってね・・・」書いてある。ニューヨークから帰国した後だから、ちょっと間に合わなかったけど、私がニューヨークに行くことを、バーバラはどうして分かったのかしら? 続いて「夏の間息子家族と一緒に過ごして、少々くたびれて・・・」と愚痴をこぼしながらも「私、去年の秋から今まで、イラン、アフガニスタンから逃れてきたの難民の親子(母と娘と男の子3人)の援助をしたのよ。世界のおおきな課題ですもの。その親子にとっては、ここは全く新しく、無条件に異なった暮らしですからとても大変。その上、母親は36歳、その長女は22歳!!これから、彼女たちはどのように生きて行くのかを思うと、私はとても耐えられなかったわ。でも、母親と娘と3人の男の子たちは、困難にとても勇敢に立ち向かっていったわ。今では、彼らがどこにいるか誰も知らない。難民との接触は禁じられているから。だから私は、全て上手く行きますようにと祈るしかできないの」そして最後に私たち家族に向かって「楽しい時でも、苦しい時でも、いつもしっかりと立っているように—あなたがたがいつもそうであったように—その光は天のためにあり、我々の目はその光のためにある」と結んだ。
1980年4月、私たち一家が国分寺から、当時西ドイツのシュトゥットガルト市イゾルデクルツ通り52番地にやってきた時、お向かい住んでいたのがバーバラだった。私たちがドイツから帰国して30年以上経った今でも、たとへば、国分寺駅前を歩いている時に、突然私の脳裏にピピッとバーバラのことが過ると、その日の晩、リリーンと電話が鳴り「ヒサコ、バーバラよ」と、明るく懐かしい声が飛び込んでくる。不思議なことに、そんなことが度々起こる。
私にとってバーバラは、一番遠くにいて、一番近くにいる友。さあ頑張って、ドイツ語で手紙の返事を書こう。

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