夏の記憶

目覚めると

おおきな夏の青空が

リウマチで歪んだ

わたしの カラダの内側に

するりと入り

70年前の夏の朝が

今日の朝と重なる

幼い目に映った

あの青空

顔より大きく切った  くし形のスイカ

甘い香りが あたりに漂い

小さな口もとから

赤い果汁が

溢れ出る

洗濯したての 白い

木綿のワンピースの胸元が

真っ赤に染まる

容赦なく

照りつける

真夏の太陽の光は

夢中でスイカに食らいつく

穢れを知らない子どもらの皮膚を

じりじりと  焼く

ひまわりの黄色い花弁に目が眩み

ミツバチが  ぶんぶん唸る

スイカの種飛ばし

「一番遠くに飛ばしたのは  だあ〜れ?」

明るい声が

遥か彼方に 木霊する

無限の時間の凝固

畑の中の

野うさぎの滑走

一匹のトカゲが

焼けた石の上を

走った

未来から 記憶の風がふいてくる

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夏の空に向かって

早春の風に乗って、青空に向かって飛んで行った詩人の片山令子さん。

夏の空は、いかがですか?

真っ白なフワフワの雲。いつの日か、国立の大学通りの喫茶店で一緒に食べたアイスクリームのように美味しそう!!

朝起きると、まず二階のベランダから空を眺めます。爽やかな空気の中で、風のそよぎに触れながら、鳥の声を耳にしながら、令子さんのコトバを想うのです。

空はやがてみんなの住むところ

ひとびとの精神(スピリッツ)が

生きているところ。                       ー空の時間ー

そして、私は、いつの間にか空の人になった令子さんに「おはよう!ご機嫌いかが?」と、夏の空に向かって呼びかけます。

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ドイツの子ども手当

今日の朝日の「天声人語」にドイツのことが書いてあった。

「ここ数年、多くの難民を受け入れたドイツの判断には驚かされた。そして現地を訪れて感じたのは、来た人を受容する構えが存在することだ」

2018年から遡ること38年前の春、家族5人でシュッツトガルトに移り住んだ頃、ドイツでは、ボートピープルと呼ばれるベトナム難民を多く受け入れていた。10才だった長男のチカシの初めての外国人の友だちも、母親が老人ホームで働いているベトナム人の男の子で、すぐに仲良しになり、子どもたちの素晴らしい親和力に勇気づけられたのを思い出す。

それともう一つ、思いがけずびっくりしたことは、シュッツトガルト市からこども手当(Kinder Geld )が、毎月支給されることになったこと、しかも三人の息子たち全員に!

もう忘れてしまったが、当時国分寺市からは、三男が生まれた時に一回だけ少額のお祝い金を貰ったように記憶している。レイジとチカシの時は、何もなかったと思う。

日本でもここ数年の間に、子ども手当については議論されて制度も整ってきたのだろうが、およそ40年前のドイツにはまだまだ及んでいない。なにしろ、ドイツに留学しにやって来た外国人の家族の子どもたちみんなに、子供手当を出すなんて‼️(確か、支給金も下の子になるに従って高額になる)それによって、どんなにか助けられたことか。感謝しても余りがある。今から思うと、確かな経済的な保証も持たず、家族五人でドイツに行くなんて、何と無謀なことをしたものか、と我ながら呆れるばかりで、むしろドイツ国家の方が、私たちのような在り様に驚いていたのではないだろうか。

「来た人を受容する構えが存在する」を読んで、さすがドイツ、と嬉しくなった。

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シンプルに生きていこう!

4CCE17A5-759A-47CD-B895-C07F18ED8CA7最近、歩行が危うくなってきた。それもそうだよなぁ、もう40年以上もリウマチと一緒にいきてきたのだもの。

その昔、リウマチ友の会(今でもあるのだろうか)の会報誌に、リウマチとは「二割の人はすぐ治り、二割の人は死に至り、六割の人は緩慢な病状を繰り返しながら、次第に骨が変形していく病気」のように書かれていたのを思い出した。

とすれば、私はその六割のうちに入っていたのだろう。これからも、少しずつカラダが壊れていくのだろうか、などと思い悩んでも、自分の十字架は自分で背負わなければなるまい。

ポンコツクルマを運転するのは私だ。これからは、重たくて、暗くて、憂鬱な、複雑なものは全て捨てて、明るく、楽しい、美しいものをいっぱい載せて、幼い頃そうであったように、シンプルに生きていこう。

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サボテンさんと私の手

写真家の石内都さんが、私のリウマチで変型した手を撮った写真を見て、作家の黒川創さんが「サボテンと重なって見える」と言ったのを受けて、石内さんが「そうだね、サボテンさんも人間も生きているという意味ではあまり変わらないから」と答えているのを、何処かで読んだ。

サボテンさんと私の手。畸形でも働きものの私の手。今は、唯一右手に人差し指だけが働き手。ペンは持てないけど、曲がった人差し指がパソコンのキーボードを打ってくれる。ありがたい。時々「ガンバレ!」と自分の手に声援を送る。

サボテンが大きくなるのも、私の手が次第に変型していくのも、生きてる証。

アキラに、いまの私の手を撮ってもらおう。

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「ひかりのはこ」

また一人、天使館で出会ってから、ともに同じ時を生きてきた詩人の片山令子さんが、先に逝ってしまった。

今日、片山健さんから、かねてより病気療養中の令子さんが、今年3月22日、68歳でお亡くなりになったこと、故人の意向で病気のことは知らせなかったこと、あいさつもできずこの世を去ったことで、悲しい思いをさせてしまったことのお詫びのお葉書を頂いた。

今年の初め、令子さんが発行しているリーフレット「ひかりのはこ  9」が、ポストに届いた。

・・・

眼が今の世界を見ながら

過ぎた日の情景を思い出している時

ふたつの映像が重なった世界を

見ているのではないだろうか。

そして今の映像が過ぎた日の映像に

キラキラと今の輝きを移していく。

今は直ぐに総て過去になるけど

過ぎた日々は感情によって幾度も

今になり続けることが出来る。

うれしかったこと

美しかったこと

尊敬したひと可愛かったひと

風のように颯爽としていたひとを

たくさん生き生きと思い出す。

・・・

愛情に包まれたまま眠っている過去を

今に生まれかわらせる。

眼の窓を開けたまま

今と今と今を

過去に写し続けることによって。

美しい日々  ひと  出来事を

思い出すことによって。

あたらしく今を作り続ける

わたしという窓のある世界。

「窓のある世界」から

2018年1月5日発行    画=片山健     発行者・著者=片山令子

ひかりの箱を開けると、真珠のように美しい言葉たちがこぼれてくる。

目には見えないけど、嗚呼、令子さん。あなたの温もりが私を包んでくれる。

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