頚椎がずれる

数日前の朝、起きようと思っても、頭が重く、体を垂直にできなかった。前から医者に言われていた通り、いよいよ頸椎の何処かがずれたらしい。ずれた骨が神経に当たって、首を動かす度に強烈な痛みが走る。とりあえず、座薬で痛みを止めて、既に運命共同体的に私のリウマチを診てきた主治医の所に、アキラと一緒に行った。診察の順番がくると、先生は、ベット上にうつ伏せになった私の首から肩にかけて、骨格の位置を矯正し始めた。その間1時間以上、次の患者さんは待ちきれず帰ってしまうし、訃報を知らせる電話はくるし、そばで見ているアキラはヤキモキ、私はトンカチで叩かれているような痛さで、イタイ イタタ………と悲鳴を上げっぱなし。やっと荒療治⁉︎が終わったら、体がスッキリした。とはいえ、頚椎の変形が治ったわけではない。骨は次第に脆くなって行くだろう。

今日の夕方、重い頭をカラーで支えて、カートを押して散歩に出た。西空に低く浮かぶ黄褐色の太陽に向かって………史跡公園も、一本松も、国分寺の森も、重たい私の体と一緒に、歩いている。

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鳥の声を聴きながら散歩する

昼下がり、鳥の声を聴きながら散歩する………ピィピィ・・・ピイピィィィ・・・ジィジィ〜ジィィィ・・・ピィ〜〜〜ピィピ! カォ〜カォ〜……………愉しそうなお喋り。かあさん鳥たちの井戸端会議かな? 道端の小さな白い花が、前屈みに頭を下げてカートを押して歩く私に………コンニチハ、ゴキゲン イカガ。オヒトリ? ワタシモ ヒトリ。デモ サミシクナイワ。アナタニ アエタカラ………と可愛い笑顔を私に向ける。

後ろからブゥブゥゥ・・・と軽トラックがやってきて、私の脇で止まって、………ひとりで散歩かい? 気を付けてね………と、アキラの小学校の時の一年上級ホンダのおじさんが、窓から首を出した。みんな一緒に動いている………

家に戻ると、長いこと、音沙汰がなかったアキコさんから、焼き芋が届いた………ツメタイママデモ ヤキイモアイスデモ オイシイ⁉︎………早速食べてみる。ねっとり甘く、美味しい〜。

やっぱり、前を向いて、みんな一緒に歩いている………穏やかな今日という日。

昼下がりの散歩道

昼下がりの散歩道

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吉増剛造「詩とは何か」

アキラの78歳の誕生日も過ぎた。日が経つのがどんどん早くなる。うっかりすると、いつの間にか、自分の存在が消えているかもしれない。2日前に会った友人は、誰れにも知られず、泡のように消えたい、と言ったので「消える少し前に、消えるわね、と言ってね、お引き留めしないから」と言った。
急激に体の機能が壊れてきた。まだ、頭の中はいろいろな言葉が蠢いている。もし、次の瞬間、体が崩壊したら、この言葉の蠢きはどこにいくのだろう?
先日、詩人の林浩平さんに、吉増剛造さんの新刊「詩とは何か」を頂いので、読み始める。凄い!どんどん吸い込まれて行く。どこまで行くのだろうか。言葉がはじけ生まれるところを覗いてみたい。消えるのはまだ早い。

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私のまわりには 愛だけがあるのです。

急に寒くなった。これから冬に向かって心細いなぁと、少々落ち込み気味。
半世紀近く、私の命をのせて、一緒に走ってきた私のリウマチカラダも、いよいよ終末期に向かって、生きるための基礎ー食べること、歩くこと、話すことーが難しくなってきた。自分の十字架は自分で背負うべし、と勢いよく宣っていた、いつものヒサコサンは何処へやら……自然に訪れる老化+リウマチカラダの機能崩壊……はて、どうしよう、と思い倦ねていたら、千葉に住む50年来の知古舞踊家のキョウコさんから、ベニアズマのさつま芋が沢山届いた。歯を失った私にとって、嬉しい食べ物。ありがとう! 

早速、ホクホクの焼き芋を食べる。すると、落ち込み気味のヒサコサンは何処へやら⁉︎

ユルスナールの「ピラネージの黒い脳髄」を読みながら、肉体は牢獄?なんてあれこれと思い巡らして………そうだ! 久しぶりに、色遊びしよう と閃いた。

「私のまわりには 愛だけがあるのです」

「私のまわりには 愛だけがあるのです」

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10月になってー日々の雑感

お馴染みの美容院で、7月中旬「夏の間は暑いから、次は10月、秋になったらね」と約束したので、 10月初め、早速、店に予約の電話を入れると「彼は亡くなりました。申し訳ございません」という女性スタッフの返事。えぇ⁉︎……突然頭の中に〈伸びましたねぇ〜短くしましょう〉という彼の明るい声が聞こえ、目の中に、いつも私の髪のカットをしてくれる、息子と同い年の、彼のニコニコ顔が現れ………。

台風一過の翌日、3年前に手術した人工関節の定期検診で、美しく晴れ渡った秋空の下、キャブ(障害者用タクシー)に乗って、アキラと相模原の病院に行く。一年前に予約した日がきたからだ。レントゲン写真を見ながら主治医の先生のお話に耳を傾け、お終いに「では、次は一年後の今日に」と言われ………そうかぁ………一年先かぁ………果たしてその時、私はいるかな?

倉庫にあった段ボール箱の中から、1982年2月にStuttgart 市で取得した、私の身体障害者証が出てきた。38歳の時のこと。楽しそうに笑っている写真が貼ってある。若かったね。間もなく77歳になる今でも身体障害者は続いているけど………思い煩うことなし。毎日祝祭。今日を生きれば、時は向こうからやってくる………なんて、コロナ禍でも、相変わらず、ケセラセラの日々。

Schwerbehindertenausweise  für Kasai Hisako  geboren am:10.12.1944

Schwerbehindertenausweise für Kasai Hisako / geboren am:10.12.1044

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夏の終わり

8月の終わり天使館で、アキラがヨハネ黙示録のテキストで踊った。音楽は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「ヨハネ受難曲」

夕方、アキラと散歩に出た。雨の後の空気が、しっとりと重たい。灰色の雨雲が、国分寺の森一帯に垂れ込めている。横にいたアキラがーあぁ 終末の風景だーと、ボソッと呟いた。
雨が降り出した。西の空が真っ黒………早く帰らなければ………私たちは家の方に向かって、急いだ。

 「子羊が、第七の封印を解いたとき、天は半時間ほど静寂に包まれた」
                      (ヨハネによる黙示録 8章1節)

明日から9月。新しい月が始まる。

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笠井久子ブログ

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