阿賀神社合宿に行く

先月の末 「金鱗の鰓を取り置く術」の合宿に行くため、京都まで新幹線に乗った。もちろんアキラと一緒だ。一人外出禁止令が出てから、もう一年以上経つかしら?

久し振りに、車窓から広々とした田園風景を眺めながら幕の内弁当を食べよう……みんなに会えるのはこよなく嬉しい……合宿場の阿賀神社参集殿までは、70段の石の階段を上らなくてはならないのは知ってはいたものの、何とかなるだろう……来年は行けないかも……などと色々心で描いて、思い切って出かけたのに……… 新幹線が東京駅を出ると、直ぐに腰に拳銃をつけた警察官が通路を通る。案内のテロップに新聞のニュースが流れる。そのうちに ー座席を離れる時の注意/不審物を見つけた時の対処法/突然の 危険時には、座席の下のボタンを押して………!?    などの注意が黄色い活字で表れ、 さらに先頃から話題になっている「あいちトリエンナーレに対する文化庁の補助金不交付決定 」というニュースが、淡々とと流れた。その間も、先の警察官が何度も通路を往復している。

呑気に幕の内を食べながら列車の旅をたのしむ時代はもう終わったのかな、と思われるような京都までの時間だった。

阿賀神社の参集殿から眼下に広がる阿賀山の裾野を眺め、深呼吸。

来てよかった、また来よう!

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Stuttgart家族旅行 2019年夏

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今年の8月のStuttgart 家族旅行 ーかれこれ40年程前、背後の集合住宅の一室に、家族5人で5年間住んでいました。建物も周りも当時のまんま、さすがドイツ⁈    懐かしい〜!

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3388E9A4-AC05-4574-AF55-960A731C3206その頃の三兄弟。まだまだ、幼かったね。

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夏の終わり

今夏、7月末から8月上旬にかけて、家族全員で、ドイツのシュツットガルトを旅行した。旅行といっても、かつて住んでいた懐かしい思い出の地を訪ねて、という意味合いで、三人の息子たちが当時よく食べに通ったという、お気に入りのケバブ屋さん、オモチャ屋さん、ハンバーガー屋さん、アイスクリーム屋さん…………三人でコンバットごっこをして、暗くなるまで遊んだアイヘンハイムの森(その昔、詩人シラーがその森で詩作を練ったというが、観光客にお目にかかったことは一度もない)、三人が通ったクレアヴァルトのシュタイナーシューレ………など、市電に乗り込み、バスに乗り継ぎして、大人になった家族(しかも私は車椅子) がゾロゾロと町中を歩き回った。実に楽しかった。

今回が最初で最後。家族だからこそ一回限りがいい!

8月も今日でおしまい。夏の終わりと秋の始まり。なにか特別の気分がある。そして今晩、間も無く、天使館で「ダンス現在vol.7 瑞丈×香帆 カラダの庭」が始まる。夏の最後の公演。

明日から9月。新しい時がやってくる。

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映画「主戦場」を観て

渋谷のイメージフォーラムで映画「主戦場」を観た。

私が、西早稲田の 早稲田奉仕園敷地内のビルの一室にある「女たちの戦争と平和資料館」に行ったのはいつのことだったか。確か、爽やかな秋の始まりの頃だったように思う。まだ資料館が開設されて間もない頃だった。その時の閲覧者は私ひとり。美しい秋の日差しが差し込む部屋に「女性国際戦犯法廷」、アジア各国の『慰安婦』被害、日本兵の証言、戦時性暴力……などのパネルがいっぱい並んでいた。その1つ1つを時間を忘れて読んでいくうちに、いつの間にか日が暮れていた。

家の窓から目撃した光景。私が五歳だった頃のこと。

私の家の東側の空き地の、向こう側の道路の向こうに、お城(子どもの私にはそう見えた)みたいな洋館があり、ある日その玄関前に、屋根のない大きな自動車が走ってきて止まった。すると、制服を着た巨大な体のアメリカの男の人が二人、ドアを跨いで道に出ると、突然、後ろに乗っていた派手な格好をした日本の女の人二人をそれぞれ抱き上げ、素早くお城の中に消えた。その時の異常に浮きたった男の人たちの雰囲気。圧倒的な何かに胸が潰された私が、その時に感じた目撃してはいけないものを見てしまったという理不尽な後ろめたさが、今でも心の奥に残っている。

まだ赤線地帯の廃止が施行(1957/8年)される以前、今日の新宿区役所、今はないコマ劇場が建つ前、私は家族と共に歌舞伎町との境の西大久保に引っ越して来て、暮らし始めた。

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加藤典洋さんの「9条入門」を読む

去る5月16日に亡くなられた加藤典洋さんの「9条入門」を読み終え、今、以前に書かれた「敗戦後論」を読んでいる。加藤典洋さん、などと親しげに書いてしまったが、実際に面識があるわけではなく、ご著書をキチンと読んだこともなく、時折朝日新聞の紙面に書かれた文章を読んでいたくらいなのに、今になって急にー加藤典洋の著作ーに惹かれる自分って何なのだろう⁇  と相変わらず、私の気付きの遅さに呆れるばかり。

加藤さんの「9条入門」の物語は、『出生の秘密ー敗戦から憲法制定まで (1945〜47年)』から始まる。ということは、1944年の暮れに生を受けた私の始まりにぴったりと当てはまる。75年生きてきて、今、振り返って思うと、子ども時代に、戦後の復興  復興で、大人達が子どもたちもそっちのけにして異常に沸き返っていた頃の新宿の西大久保周辺の空気を吸って育ったということが、私の原点にあり、それ以降、昭和から平成、令和と時代が進んでも、私の心の奥に燠火となって静かに息づいていたのが、この度、この「9条入門」の「ねじれ」の構造に触れて、私の心の中で未解決だった私の「ねじれ」が、再びパチパチと燃え出してきたようだ。

自分って何だったのだろうか? という、いたって素朴な疑問ーもう西の空に太陽が傾きかけているいるという今になってー向き合うことになってしまった。

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ことば

15D4527B-BB3E-4332-975D-C67851D4138B詩梨ちゃん、心愛ちゃん、結愛ちゃん、羽月ちゃん………。なんと美しく、愛のこもった、可愛いいなまえなんだろう‼️

トツキトウカ ーやがて生まれてくる命にどんな名前をつけようか、どんな字にしようか、どんな響きがいいか、、、、、頭の中に、漢字、ひらがな、色、音までもいっぱいに広げて、ことばを生み出す作業に没頭する至福の時間。全てが愛と光に包まれていたはずなのに、何故?

2歳になったコトリチャンは、もうこの世にはいない。ユアチャンも、ミアチャンも、ハヅキチャンも、もういない。

毎日、痛ましいことが多すぎるよ。

昨日、アキラが生協で買ったポーチェラカの苗を、庭に植えてくれた。夏の日差しに強く、初心者向き。暑さにも乾燥にも、たとえ過酷な環境でも次々と赤、黄色、白などの可愛い小さな花を咲かせる、と書いてある。花言葉は「いつも元気」

彼方に行ってしまったみんな、 夏が来たら青空に向かって、可愛い花たちが手を振るから、白い雲に乗って見に来てよぉ〜。

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笠井久子ブログ

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