春の訪れ 

「須賀敦子の手紙 1975-1997年 友人への55 通」を読んだ。須賀敦子さんの私信がそのままの形(便箋、絵葉書、AEROGRAMME、美しいお菓子の包み紙、切手etc)で印刷されていて、友に語りかける言葉がブルーブラックのインクで、会話をしているように、呼吸するように、流れるように、美しく、綴られている。
読書のこと、仕事のこと、草花のこと、日々の生活のこと、嬉しいこと、悲しいこと・・・よもや一冊の本になって多くの人の目に触れるなんて、生前の須賀さんは思ってもみなかっただろう。

「須賀敦子さぁ〜ん、彼方の世界から見ていてくださぁ〜い。『国は病みつづけけていますが・・・日差しが春の訪れを知らせています』とあなたに書いた詩人の言葉に、ふとイタリアの南の野に咲きはじめるプリムラ想い出したと、お書きになったのは、1997年2月18日の2回目の癌の化学療法を受ける前日の手紙でしたね。そしてその1年後の春、あなたは旅立って行かれました。
今日は、2017年1月27日金曜日です。世界は病みつづけていますが、日差しは春の訪れを知らせています。昨秋家の庭に植えた球根の芽が、緩んだ霜柱の間から世界を覗きはじめました。もう直ぐ春がやってきます。では、つつがなく」

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雪の翌日

昨日、東京に雪が降った。11月の東京の雪は、実に50数年振りだそうだ。そして今日、初冬の透明な青空に太陽が輝いている。11月25日はアキラの73回目の誕生日。

 Tomb la neige
 ゆきぃ〜はふる〜〜 あなたは こないい〜〜  
 
アダモの「Tomb la neige」をアキラが舞台で踊ったのは、いつのことだったけ。確か40年ぐらい前の12月、もうじきクリスマスというので、我が3人のわんぱく小僧たちは、サンタさんが何を持ってきてくれるか、日がな一日お祈りしたり、いい子になったり、大賑わい。そんなお祭り騒ぎのようななかで、アキラはひたすら、迫り来るソロ公演の作品創りに没頭。ついに衣装が決まらず、本番の日の朝を迎えた。えい、これでいこう!とアキラが選んだのは、いつも着ている膝が抜けかけよれよれのコールテンのズボンととっくりの黒のセーター。つまり、普段着。
いつものカサイさんがそのまま、当時有楽町にあった第一生命ホールの舞台に現れ、アダモを踊った。
舞踊評論家の故市川雅さんが、その踊りをとても喜んで「なんと笠井は膝が抜けたコールテンのズボンで登場したよ」おかしそうに、笑って言われたそうな。
背水の陣の普段着も、聞くところによると、結構評判が良かったらしいので、ひとまず安心。

ところで、アダモとアキラはともに1943年11月生まれ。しかも、アキラの大好きなシチリアで生まれたそうだ。

 Tomb la neige
Tu ne viendras pas ce soir
 ・・・・・・・
時が過ぎても、雪が降るとアダモの歌声が聴こえる。
哀しく、切なく、恋人を想う歌声。

歳はとっても、いつまでも心はロマンティストでありたいなぁ〜。 

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雨あがりの散歩

2、3日前の夕方、日がな一日降り続いた雨があがり、湿気を含んだ蒸し暑さの中を、アキラと散歩に出掛けた。空一面に広がった灰色の雲の向こう側が、地球の陰に隠れようとしていた陽の光に照らされて、灰色の空一面が一瞬ピンクに染まり、次の瞬間、仄かなピンク色は消え失せ、再びグレイの空に変わった。気がつくと辺りはもうすっかり夜になっていた。
9月も残り3日。今日もどんよりと曇り空で蒸し暑い一日。秋は何時来るのだろうか。

 もう私の眼は、陽の當っているあの丘に行っている、
 まだ踏み出したばかりの道に先立ち。
 すると私たちの掴むことのできなかったものが、
 あざやかな姿を浮かべて、遠くから私たちを掴む―

 そして私たちがそれに達しないうちに私たちを
 殆どまだ自分でも気付かぬ私たちへと変えてしまう。
 私たちの合図に応じて彼方からも合図が来る・・・
 だが私たちはただ吹寄せる向かい風を感じるばかり。  『散歩』リルケ (高安國世訳)

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来年100歳になるキミコさんのお話

来年5月に、目出度く100歳を迎えるアキラのお母さんのキミコさんは、毎日朝と晩、今住んでいる老人ホームから私の携帯に電話をして来る。
「ちょっと、お声を聞きたくて。ここではお友だちがいないの。何時来て下さる?えっ?何日?私、ダイアリー(キミコさんはカレンダーのことをダイアリーと言う)を持っていないから、日にちが分からないの。今度来る時、ダイアリーを持ってきて下さる?それと、甘いお菓子。見つかると取られてしまうから、あなたのポケットにそっと入れて。それから、私の部屋のずっと向こうに、オーケストラの人がいて、その人と話すのがとても面白いの。私はマーラーが好き。だからマーラーの話しをするのよ。ウイーンに行った時、私マーラーの家に行ったの。彼が作曲するときの机を触ったわ・・・・。私の部屋から、大きな木が見えてとても美しいわ。それであなたは今どこ・・・?私ひとりで彼の部屋に行ったの。静かでステキなお部屋。繪が飾ってあったわ・・・」と脈絡のない話しに「そうね。この次はダイアリーを持って行くわ。一口羊羹をポケットに隠してね。待っててね」と私は返事をする。
そして、大きな羽飾りのついた帽子を冠り、世紀末のウィーンの街をグスタフ・マーラーと腕をくんで歩く淑女を夢想するキミコさんを想像する。今や、半分イメージ世界の住人になったキミコさんは、時空を超えて何処へでも飛んで行く。キミコさんの携帯電話のおしゃべりはつきない。
イマジネーションの力は、素晴らしい!!

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いつも思うこと

東京国立近代美術館に行く道すがら、いつも思うことがある。国分寺から中央線で中野まで、中野で地下鉄に乗り換えて竹橋まで、とすこぶる快適な直線コース。ところが地上に出るまでの階段の、あとわずか2、3段という所で、手すりが突然なくなる。そこまでふうふういいながら階段を上って来て、はてどうしたものやら、と困ってしまう。頸椎や足首の固定手術を受けたおかげで、バランスが極めて不安定な私にとって、階段の手すりがあってこそ、ひとりで美術館に行けるというのに。たった50センチほどのことなのにケチだな、といつも思う。
ついでにもう一つ。京王線の初台駅から新国立劇場の小劇場に向っていた時、後ろから大勢の人が押し寄せてきて、手すりにしがみついて階段を上っている私の脇を、足早に駆け上って行く。大劇場の開演時間が迫っているようだ。「ああ、せめて地下から地上に出られる身障者用のエレベーターがあったらいいなぁ、恐ろしい思いをせずに、楽しく観劇に向えるのに」といつも思う。

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育世さんの「きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている」を観た。

1週間前、黒田育世さんの新作公演「きちんと立ってまっすぐ歩きたいと思っている」を観た。チラシの墨絵のように、育世さんの脚がギューンと天に向かって弧を描き、カラダの内から音が聞こえ、色が現れ、花が咲きはじめ、微風がそっと吹き抜け・・・無音の空間が、いつの間にか、人間の温かさで満たされていた。心地いいのでずっと観ていたいなぁ、と思った。
昨日でオイリュトミーシューレ天使館の夏休みも終わり、2学期が始まった。
そして、マリアピアが、9月の半ばまで、一緒にオイリュトミーの授業を受けるためにローマからやって来た。彼女は、自ら一年かけてローマ在住の日本人ダイスケさんと共に翻訳し出版した「UN LIBRO CHIAMATO CORPO」(「カラダという書物」イタリア語版)を持ってきてくれた。初めにマリアピアの挨拶文があり、舞台写真、索引も含めると259頁に及ぶ大著。でも、悲しいかな、私はイタリア語が読めない。ゴメンナサイ。
マリアピアは「アキラサンノカンガエハ、イタリアジンニハ、アタラシイデス。ムズカシイ。デモ、トテモオモシロイデス!!」と面白そうに微笑んだ。その大きな黒い瞳の眼差しは、温かく魅力的で、十数年前に出会った時と少しも変わらない。何時でも何処でも、若い彼女が、私を心地よく包んでくれるのだ。
Grazie Maria Pia D’Orazi!!

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