トリアージュ

朝の美しいひかり。遠くに鳥の囀りがきこえる。

FBで、また新しい言葉を覚える。
「トリアージュ」回復の見込みがある患者を優先的に選別すること、という意味らしい。「クラスター」「オーバーシュート」「ロックダウン」「パンデミック」などは、ここ一ヶ月の間で、もうお馴染みの言葉になった。毎日、様々な人が様々なことを発言している。どの人も必死だ。
私に何ができるだろうか? 今、もし私が転倒して骨折したら、コロナに感染でもしたら………。トリアージュで、私の命の選別を誰かがしなければならないかもしれない。その誰かは、とても、可哀そう。
今、私にできることは、静かに家にいること。さあ、ベランダで鳥たちのおしゃべりを聴きながら……環境に優しいエコタワシができた❣️ 誰か貰ってくれるかな。

手作りエコたわし

手作りエコたわし

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いるのといないのとでは大違い!

「コロナ離婚」という言葉があるそうだ。コロナウィルス感染拡大防止で、外出がままならず、今まで上手く回っていた家族の歯車が狂ってしまい、父さん、母さん、子供たち、みんなイライラが沸騰して、コロナのせいで家庭崩壊が起こっているらしい。収入は減るし、子どもたちは煩いし、みんな朝昼晩としっかり食べるし………痛いほど、よく、わかるなぁ。でも、コロナのせいでとは涙が出てくる。

私も若い時、思い余って「エイ 離婚してやる!」と何度大見得を切ったことか。すると、いつも横で見ていた息子たちの「どんな奴でも、いるといないとでは大違い」という生意気な呟き声が聞こえてくるのだった。

言うことを聞かず、頑固で、うるさい子どもたちも、いつの間にやらオジサンに。
子どもたちとも、親しい友人とも、隣近所の人たちとも、会えない日々。人の心を分断していく見えないコロナに要注意。

「どんな奴でも、いるのといないのとでは大違い」の言を胸に秘め、愉しく、笑って、優しく、静かな時間に感謝、感謝。

葉桜

葉桜

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メルケル首相

去年の夏、数十年ぶりに家族全員でStuttgartを旅行した時、建物の様子は面影があったが、街の雰囲気、人々の様子は随分トゲトゲして、前と違うな、というのが息子たちの感想だった。確かに、街の中心のケーニッヒ通りを歩くにも、昔のようなワクワク感がない。メルケルさん一人頑張ってどんどん難民を受け入れているからか、外国人が多いな………でも、待って。私たちだって、外国人。40年前、突然、家族五人でドイツに住み始めてからの5年間を支障なく暮らせたのは、ドイツ政府のおかげだったと思い出したてごらん。住民票を出すと直ぐに、3人の子ども手当てが銀行に振り込まれ、その上、住居手当も振り込まれた(それも毎月)。その時ばかりは「神の恩寵❣️」と喜んだ。もし、その援助がなかったら、私たち家族のドイツ生活は一ヶ月と持たなかったでしょう。

ドイツに住む多和田葉子さんのデジタル新聞記事を読む。
………今コロナで国境を閉鎖され、外出が規制されているベルリンの状況をまるで戦争中の光景だと落ち込む人もいるが、今実施されている規制の底を貫いているのは『全人類の健康を願う』という、ナチス時代とは全く逆の精神である。………

そして、多和田さんは、メルケル首相のことを「新たに生じた重い課題を背負い、深い疲れを感じさせる顔で、残力をふりしぼり、理性の最大公約数を静かに語りかけていた」と書いて結んでいる。

ドイツで出会った友だちを想うと不思議と元気が出る。さあ、緊急事態宣言で規制のかかかっている間に、今度こそ、トーマス・マンの「魔の山」を最後まで読もう。

朝焼け

朝焼け

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カラダの食べ物

今日は春の嵐。日本中が荒れていると天気予報が言っている。外出自粛が続いているので、訪れる人もなく静かな一日。この時とばかり、アキラは専ら机に向かって何か書いている。
この家に引っ越した時に、本棚の上段に置いたままの箱を取ってもらった。中身は、書きかけのノート数冊。雑草だらけの私の頭の中が出てきたような恐ろしさ。
お気に入りの詩句あり、意味不明の言葉、ニーチェ、シュタイナー、万葉集の歌、食料品の買い物メモ、ダンス公演の感想、思いついた言葉、友人とのアポイントメント、自分勝手な哲学まがいの気取った論考、ある日の日記………目まぐるしく、全く統一感がないではないか。頭の中の雑草は老化現象ではないらしい。恐る恐る読んでみる。

昭和52年2月5日(土)晴
……夜、大野先生の稽古に行く……ある部屋に入ると、真っ黄色な蝶がいて、いっせいにヒラヒラと飛んだ。腐敗した死体。蝶に喰われた肉体。蝶を踊るときには、蝶であってはならない。あてどもなく広がっていくイメージ……。自由であるはずの肉体が、こうも硬直して動かない。
帰り、豊田行きの電車の中に、すす汚れた中学生が一人座っていた。どこまでいくのだろうか。アメリカ人の酔客が、車内で大騒ぎしているのに目もくれず、彼自身でも抱えきれないほどのものを背負っているかのようだ。涙が出てくる。家に着くまで少年の面影が消えなかった。電車を降りる時、持っていたチョコレートをあげればよかった、と今でも悔やまれる。
 
子育て真っ最中の1年間、上星川の大野先生の稽古場に通っていた頃のこと。若かった。翌年春、リウマチの診断を受けた。以来「言葉」が、私のカラダの食べ物、いのち、ダンスになる。

書きかけのノート類

書きかけのノート類

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受難の日

明日は聖金曜日、キリストの受難の日。そして、三日後復活祭を迎える。昨年10月に亡くなった義母の納骨式を今週末の日曜日復活祭の日に執り行う予定だったが、コロナ戦争のため延期となり、お母さんのお骨はすっかり我が家に落ち着いている。
「今の世界の現実を見ないまま穏やかに旅立たれてよかったね、お母さん! 大正、昭和、平成、令和、と一世紀を生きぬいたお母さんも、決していい時ばかりではなかったね。関東大震災や第二次世界大戦、洞爺丸で寅雄さんを失い………大変だったことでしょう。でも、今の戦争は、ちょっと違うみたい。地球上の体をもつ人たちすべてに例外なく目にみえない敵が襲ってきているの。性別、歳、国家、民族、宗教………の違いなんて言っていられない。今、あなたがいたら、何と仰るかしら? すべて神さまの思し召し、と、いつもの口癖かも。それにしてもお母さん、いい時に、神さま召されてよかったね」

あどけなさはわたしたちの気持ちをやわらげる。
わけもわからないまま子供が叱られて、とてもしょげている。
子供は喉が渇いて、ふるえながらわたしにコップを差し出す。
お飲み、わが子よ、おまえの頬はとても汚れているぞ。
              「和解」フランシス・ジャム(手塚伸一訳)

ライラックの若葉

ライラックの若葉

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エマニュエル・ユイン

パリのエマニュエル・ユインからメールが来た。彼女のお父さんはベトナム人、お母さんはフランス人。メールはドイツ語だ。

愛する ヒサコ アキラ、
 げんき? 身体はどう? 子どもたちは? 
 こちらは みんな オーケーよ。でも、今は とても悲しい時。あなたたちをいつも思ってるわ。
 心から愛を込めて!  エマ

そして、Foto が3葉。
早速、私も頑張ってドイツ語で返信した。Fotoも一緒に。
ああ、懐かしい、エマ。彼女が、アンジェの国立振付センターのボスだった頃、何度もアンジェに赴いて、アキラとエマのDUO作品「Spiel」を一緒に創った。美しいアンジェの城には、数世紀に渡って織り継がれた黙示録のタペストリーが展示されていた。
あの小さな美しい静かな街の空気も、見えないコロナが拡散している………,⁉️ 
そう、今は、とても悲しい時、でも、いつか必ず………。

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笠井久子ブログ

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